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第14話 凶兆は踏みつけるもの


 同盟国を歓迎する式典は国王や大使などへ押しつけられて極端に省略され、援軍の代表者は配置の打ち合わせからはじめ、ギアルヌ軍は鎧と兵員の乗艦を急いだ。

 港は城の裏側になる本島北端にもあるが、桟橋となる階段は一本しかない。

 騎甲がすれちがうのも厳しい狭さで、数十メートルほど上がると、城壁ぞいに数十メートル幅の広場が巡っている。

 出航が迫った裏門付近はせわしなく人が行き交い、出てきたアリハは見送り側に混じって座るミルラーナを見つけた。


「アンタは留守番なのか?」


「リルリナ様の代わりが務まる者はほかにいないからな。それにデロッサ様たちが抜けた今だからこそ、新人には研修の一環として大国を早く見せておきたい」


「オレらのためか。じゃあよくわかんねえけど、気合い入れて見てくる。ところで……みんないまだに、前の騎士団長には『様』づけなんだな?」


「リルリナ様が幼いころから、姉のように慕っていたからな……実の姉が父親に似てしまったせいもあるが」


「ああ、まだ片づいてなかったのか」


 ミルラーナにスカートの端を踏みつけられてもがいていたドレスの女性がそっとふりかえる。


「あら。あなたがリルリナちゃんから聞いていた新人騎士のアリハさんかしら? 私もね、王族たる責任は重く受けとめているのですよ? ですから私の乗船をあなたからも口添えしていただけないかしら?」


 暗い色の髪はゆるやかに波うち、肌の白さはリルリナに比べると不健康なそれで、目つきやしぐさは特に湿度が高い。


「あんたの名前、ロゼルダ様だっけ? ロゼルダ様よう、あんたはでかい都市で遊びまわって男あさりをしたいだけなんだろ?」


「まあ、なんと無礼な。それのなにがいけないのです? 戦争などは、起こすことが最たる下策なのですよ? そのような愚行を避けるためであれば、このロゼルダ・ギアルヌは身を呈して国交の礎となる覚悟もできているのです!」


「政略結婚ってやつか? おえらいボンボン息子たちのほうに、あんたみたいな嫁と暮らす覚悟がねえだろ?」


 ロゼルダはアリハの両肩をがっちりとつかむ。


「そうなのです。みんな釣り合いを気にしてしまうのです。ほら、我がギアルヌ王家は帝国正統の傍流ですし? その長女で容姿端麗、聡明高潔ともなれば、やはり大都市で豪遊する優雅なご子息を捕獲するしかない宿命でしょう? ね? ね!?」


 アリハは虫を払うように第一王女を押しのける。


「そんなに行きたきゃ……こいつは鎧を使えねえの?」


「そいつも体質的な相性だけは悪くないのだがな。軍人とかいう以前の問題がひどすぎて、誰も乗せたがらない」


 ミルラーナは冷徹に第一王女のスカートを踏み続ける。



 リルリナが兵士たちをかきわけ、駆けるような早足と早口で裏門へ近づいてくる。

 その背後から、ドレス姿の幼い少女が花で編んだ冠を掲げて突撃してくる。


「リルリナ姉さま! この軽さでしたら、おじゃまにならないでしょうか?」


「まあ、ありがとうレビアズリ。これで船室もなごみ、早く帰国したくなりますね?」


 リルリナは足を止めないでほほえみ、同じ速度でついてくる妹のほおをなでる。

 しかし自分の従者が姉のスカートを踏みつけている姿に気がつくと、眉根をよせてたしなめた。


「ミルラーナ、今はロゼルダ姉様などにかまっている場合ではありませんよ?」


「などにってそんな、リルリナちゃん? もっと年頃の淑女にふさわしい洒落た会話を、このお姉様が旅行中に教えてさしあげ……って、あら?」


 すでにリルリナは足を止めないまま通り過ぎ、次の部署へ指示を出していた。

 アリハはギアルヌ王国第一王女への正しい対応を学びとる。



 続いてバニフィンが駆けてきて、新人騎士たちを集めてまわった。


「出張中の暫定的な部隊分けですが、私に加えてアリハさんも小隊長になっていただきます」


「死んでもいないオレをどれだけ一気に昇進させるつもりだよ……でもそれなら、同じ隊にはミルハリアを入れてもらえねえかな?」


 新人騎士たちとバニフィンがそろって意外そうな顔をする。


「もうそんなに仲良くなっていたのですか?」


「いや、仲良くなったおぼえはねえけど」


 ミルハリアも無言で大きくうなずく。


「でもまあ、なりふりかまわねえやつは、わかりやすくて好きかも」


「はあ。まさかアリハさんに限って『わかりやすい』と言われてしまうとは」


 バニフィンのつぶやきにほかの新人騎士たちがにやつき、ミルハリアは居心地が悪そうに眉をしかめる。


「そんな顔すんなよ。頭のいいやつがいると助かる。ただでさえビスフォンとは別の隊になるんだし、騎士隊のことなんてぜんぶ、おぼえはじめたばかりだ」


「実は私も、ミルハリアさんの優秀な学科成績で補佐についていただけるなら、安心できると思っていました。アリハさんは若手でも飛びぬけた勤続時間の長さですが、戦闘以外ではやはり……」


「バニフィン様のご判断でしたら」


 ミルハリアは殊勝な返事をしながら、まだすねたような顔だった。


「頼む。オレあまり、ごちゃごちゃ考えるのは好きじゃなくてよ」


「なんでそう、ひとこと余計なのですか」


 ミルハリアはますます口をとがらせるが、バニフィンはほほえんでうなずく。


「意外に仲は良いみたいで助かります。もうひとりもご希望はありますか?」


「じゃあそっちの……ホーリン、で合ってるよな?」


 体格以上に幼く見える態度とツインテールの少女が指され、ふたたび一同が意外そうな顔をする。


「はあ……いったいどのような理由で?」


 バニフィンは首をひねりすぎ、ホーリンにしがみつかれる。


「私にはそこまで選ばれる理由がなさそうでありますか!?」


「そいつが一番わけわからねえから気になる」


 アリハの説明もまた反応しがたい。


「そっちのスシェルラってやつは同じ隊じゃなくてもつきあいやすそうだし……なんでまたそんな顔すんだよ? オレよりつきあい長いおまえらがそれはねえだろ?」


 無愛想なスシェルラ本人が最も納得できない様子で顔をしかめていた。


「ではスシェルラさんとメルベットさんが私の隊で……アリハさんの評価は独特で新鮮ですね」


「王女さんのためにむきになって悔しがる兵隊なら信用できるだろ? そいつくらいまじめに鍛えた腕で、自分を抑えて負けも認められるならなおさらだ」


「アリハさん……意外に指揮官としてまともな面もあるのですね?」


「貴族もたいがいに失敬だな」



 積み込みが終わりに近づくと、すでに出発の式典も終わりかけていた。


「……では簡略ながら、これで出発のごあいさつに代えさせていただきます……レビアズリ、お土産はいつもと同じでよいのですか?」


 リルリナが手向けの花冠をゆらして見せると、第三王女は照れ笑う。


「はい。都会の華やかな細工菓子を少しばかりお持ち帰りいただけましたら、うれしくぞんじます」


 あわただしい空気の中でも和んだ笑いが広がる。


「これも持ってく?」


 現国王マクベス・ギアルヌがついでのごとく王冠をはずしていたため、リルリナは静かな全力で押し返す。


「お父様がしっかりかぶっていてください」



 出航がせまり、第二王女は実の父と姉を不安そうに見ながら、第三王女の手をしっかりと握る。


「レビアズリ、くれぐれも留守をお願いしますね? 必要であればミルラーナの腕力も借りるのですよ?」


「はい! リルリナ姉様がご不在の間は、私が天国のお母様に代わって全力でツッコミいたします!」


 リルリナは幼い妹の決意に感謝してうなずくが、自分が多忙のあまりに言葉づかいをたしなめる機会が不足していたことを悔やむ。

 ふと横を見ると、アリハがクローファにきつく抱きしめられて苦笑していた。


「え。おふたりの、間柄は……?」


「ひろった弟。こんな嫌がるなら、いっしょに来りゃいいのに。こいつ、船もでかい街も好きじゃねえんだ」


「そ、そうですか……」


 クローファがビスフォンにも抱きついている姿を見て、リルリナは少し安心する。

 しかしあまりに熱烈で長かったので、それはそれで少しあせった。




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