第13話 不安なくして船出にあらず
骸骨騎甲は顔、上腕、太腿などが骨を思わせる薄い色で、鎧のふち部分はそれよりやや濃い色になっている。
鎧の甲部分は色を変更できて、その中の飾り紋様、番号表示などもデザインできた。
所属国によって使い分けられる表示様式は『旗』と呼ばれている。
空賊も細かく乱立する集団それぞれに独自の旗を持つが、たいていは赤を基本にした派手な色と紋様を好む。
威嚇効果より、戦意高揚の意味が強い。
各国の正規軍では落ち着いた色合いが選ばれていた。
ギアルヌ王国は深い青色の甲に紫の蔦紋様を表示している。
周辺の同盟国も地の色は青から緑にかけてで、識別の利便性は低いが、出自の近さを示している。
援軍に来た同盟国の骸骨鎧たちは青緑の甲に青い蔦紋様だった。
一機だけ混じっている馬人騎甲から降りてきた女性は最も高い階級章をつけていたが、軍服のボタンを雑にゆるめて胸元を大きくさらし、疲れた様子で敬礼する。
「どーも。休養を兼ねて留守番に来ました。ゾツーク公国の使いっぱしりです」
「……こちらのスミエラ将軍は、ゾツーク公国で伝説級騎甲を預かる大騎士に任じられております」
バニフィンに紹介されてもスミエラ将軍のぐったりした表情は変わらず、本来なら美人と言えそうな顔や体も台無しで、敬礼を返すギアルヌ王国の新人騎士たちの顔ぶれをぼんやりとながめまわした。
「だいじょーぶなのかしら、こんな若い子たち……あ、こっちは買い出しに連れてくほう? 助かるわあ。ベテランのほうがまだ少しは顔見知りもいそーだし……でもなるべく早く帰って来てね? ギルフの陥落で宮廷がお祭り騒ぎなのはうちも同じなんだからね? 遅れたって期日には帰るけど、うらまないでね?」
バニフィンはスミエラ将軍にすがりつかれ、出発前から疲労が伝染しそうになる。
「このあたりの小さな国はどこもやばいとは聞いていたけど……」
アリハは呆れ気味に小さくつぶやく。
別の浮遊船からも代表者らしき軍服女性がリルリナ王女とこそこそ話し合いながら近づいていた。
船と軍服の配色はゾツーク公国とよく似ていて、地が同じく青緑、紋様が青ではなく紫というだけの違いになっている。
「我がグオツーク公国としましては、まだズアック連邦との友好関係も探りたい意見も多いので……」
「しかしこのギアルヌも陥落すれば、次は……」
リルリナはしつこく食い下がっていたが、なだめるような苦笑で目をそらされている。
「もちろん私は協力したいと思っておりますよ? しかし議会がですねえ……」
まだ二十代らしき若さだが、胸の勲章は多い。
身なりも容姿も整い、化粧は事務的に抑えながらも華を残している。
しかしスミエラ将軍と目が合うと、露骨に『げ』という表情を見せた。
「で、では私は送迎のみになりますが、全力で完遂させていただきます。それが今の精一杯でして……」
「待ちなさいよグオツーク公国のおねえさん。一番マシなところにいるあんたらが、なんでそんなに出すもん少ないわけ? それでうちやここが侵略されたら、私もリルリナ様も『次はグオツーク公国がいいと思いまーす』ってズアック連邦のおえらいさんがたへ進言したくなっちゃうのだけど!?」
すがりつこうとするスミエラ将軍の両腕はパシパシと必死にいなされる。
「そうされたくないから、無理していますってば! うちだってカツカツですし、そちらに劣らず国内もごたついているのですよ!?」
「うちなんてズアックと国境がくっついちゃったのに兵隊をこんだけ出してんの! 普段から空賊連合の盾になっているこっちが借りたいくらいなのに! でもギアルヌのほうが先に狙われそうだし、ぶっちゃけつぶれるならつぶれるで、せめてマシな形で負けてほしいから仕方なしに!」
「ほらやはり、どこも自国の優先はお互い様ですし、うちだってどうせどうしようもないなら、逃亡先にも使えそうな開拓地へ集中投入したいのに……って、これは議会の多数派にそう言われているだけですから、私までそんな目で見ないでくださいリルリナ様!?」
スミエラ将軍から解放されていたバニフィンは新人騎士たちへ小声で話す。
「あちらのサタライル将軍も、あんな風でも伝説級を預かる大騎士でして、私たちが今回お世話になる大型艦の艦長も務めていらっしゃいます」
リルリナも交えて三国の司令官が身もふたもない論議を投げ合い続け、バニフィンはあきらめ気味に見守る。
いっぽうアリハはこそこそと新人騎士ミルハリアの腕を引いた。
「わりい。あいつらの言ってることがさっぱりわからねえし、それ以前に国の名前がごちゃついて頭がおいつかねえ……これからオレらが『お買い物』に行くのは、ズアックじゃないほうのでかい国だよな?」
ミルハリアは迷惑そうな顔をしながらも、地面で大雑把な図解をはじめる。
まず大きく四角を描いた。
「北は三大国家のひとつ『ブオウル共和国』とその属領ですが、現在は疲弊していて関わろうとしてきません。忘れていいです」
最初の四角を支えるように、ふたつの四角を下に描く。
「中央は西の大国『グエルグング帝国』と、東の大国『ズアック連邦』が衝突を続けています。私たちは東のズアックから侵略されそうなので、西のグエルグングへ鎧を調達しにいきます」
ふたつ並んだ四角を支えるように、三つの四角を下に描く。
「あとも忘れていいのですけどね……どうせ南の小さな周辺諸国は状況が似たりよったりで、どこも頼れるような余裕はありません」
三つ並べた大きな四角のうち、中央はさらに六つの小さな四角に分けられる。
左右に三つ、そして上下に分けられた中で「真ん中の下」がギアルヌ王国で、五つの小国に囲まれていた。
「今は同盟もなにも、ズアック連邦が手を出したがらない程度に戦力をかき集めるのみです」
「弱っちい同士なら、みんなで手を組んだりできねえの?」
「それを率先していたのが『ギルフ王国』でした。ギアルヌとは兄弟国として歴史の長い親交があり、諸国からも信頼されていたのですが……」
「そのギルフが降参したわけか。わりとどうしようもねえな」
『ギアルヌの北東』が陥落していた『ギルフ王国』にあたり、ズアック連邦との国境が消されてしまうと、最南端の小国にも大国の脅威が迫る。
「ゾツーク・グオツーク・ズグオツークの三公国にはたいして期待できません。アーグアイにいたっては敵にならなければマシなくらいで……」
『ギアルヌの東』はスミエラ将軍の『ゾツーク公国』で、留守番だけ協力。
『ギアルヌの西』はサタライル将軍の『グオツーク公国』で、輸送だけ協力。
『ギアルヌの北』はマミュアス将軍の『ズグオツーク公国』で、通過だけ協力。
『ギアルヌの北西』のアーグアイ王国は周辺の小国家でも協力姿勢が薄い。
「……こいつらは?」
アリハは南の東西に残っている大きな四角を指すが、ミルハリアは鼻で笑う。
『南西』の『ドゥオップ領』は領海こそ広いものの、まともな土地や戦力は乏しく、ギアルヌに次いで存続が危うい。
『南東の半分』である『ドルム連合』は別名『空賊連合』とも呼ばれ、異名の通りに多くの大規模空賊が拠点にしていて、まともな国交はない。
『南東のもう半分』は『ゼラタック領』で、国力はともかく空賊連合ドルムと侵略国家ズアックに挟まれて孤立し、位置的に余裕がない。
「本当にどうしようもねえな……まあでも、王女さんがねばる気なら、オレらは相手が百倍でもなんでも突っこめるだけ突っこみ続けりゃいいんだよな?」
ミルハリアはリルリナ王女がアリハと手合わせしたことは聞いていた。
リルリナ王女は自分から負けを認めたが、あとでアリハが自分の負けだと言い出した態度についてもうれしそうに語っていた。
バニフィンやミルラーナまでもが、騎士学校の候補生たちをさしおいてアリハへ先に騎士鎧をあずけた腕の差も、ミルハリアは認めざるをえなくなっている。
「じゃあこっちの……あ、まだ聞いてもいいか?」
「かまいませんが、なんで私なんです?」
ミルハリアがすねたようにいぶかしむと、不思議そうに笑いかけられた。
「おまえ、頭いいんだろ? わかりやすくて助かる」
「はあ……そう思っていただけるのでしたら」
態度が粗雑な蛮族でも、素直さはとりえに思えた。
「ああ、いろいろ腹黒く考えてそうだからな」
やはり親しくはなれない気もした。
サタライル将軍はスミエラ将軍を振り払って自分の船へ逃げ帰る途中で、ふとふり返る。
「念のため、リルリナ様に確認させていただきたいのですが、ズアック連邦の次の侵攻先は、今でもギアルヌの可能性が高いとお考えですか?」
リルリナ王女はゆっくりとうなずく。
「ズアック全体の戦略に関しては、読みがたい部分も大きいです。しかし我が軍の騎士団長だったデロッサの性格を考えますと、亡命の条件には『ギアルヌ王国への侵攻』も含めていたはずです」
「デロッサ様のほうから?」
驚いて聞き返したのは新人騎士たちだった。
「祖国を捨てながら、その始末を他人へゆだねるなど、彼女の誇りが許しません」
リルリナは静かに断言し、サタライル将軍もわずかに間を置いてからうなずく。
「なるほど。離反してもなお『頑固姫』のご親友というわけですか」
「がんこ……?」
リルリナがきょとんとつぶやき、サタライルがはたと口元を抑える。
「いえ失礼しました。すでに外交の場ではそのような呼び名も……頼もしさへの褒め言葉では?」
そそくさと去られてしまい、リルリナはそっと背後を確認する。
「あの、頑固とは、いったい、どのあたりが……?」
「どのあたりって……」
スミエラ将軍があきれた声を出し、自国の部下全員も視線で自覚をうながしていた。