第12話 早すぎる試練
ギアルヌ城が建っている小さな丘の一部は、地下収容施設になっている。
しかし鉄格子の代わりに、石棺の中でも『故障のバランス』が適したものを選んでいた。
真水と食料の精製、医療衛生などの機能を備えていながら、移動や変形の機能に大きな故障があれば、牢として利用しやすい。
赤い骸骨騎甲に乗っていた空賊の女頭目リキシアは、木の椀をげんなりと見つめる。
石棺で精製できる総合栄養食『苔粥』が多く入ったスープに、野菜と雑穀がひとにぎりと、小魚の干物がひときれ浮かんでいた。
「いや、わかっているよ? これでもこの国なりの温情なんだろ? 大国みたいに、いろいろそろったメシをよこせとは言わない……うん。味はがんばってごまかしている……けど、アタシらだってこんな苔粥ばかりのメシなんて、よほど食いつめた時くらいで……」
リルリナがじっと冷やかに見つめていた。
ギアルヌ王国では王族が率先して『苔粥』を常食し、財政改善に努めている。
「おかわりは二杯までどうぞ。ギアルヌ全軍の八割と王族の全員が同じ朝食をいただきました」
「ご、ごめんなさい……」
「リキシアさん、ですね? 鳥女乗りのゼザミナさんから、実の姉と聞いております。襲撃の経緯を供述してください。ただし……現在の収容者は全員、数日以内の釈放をすでに決定しています」
「へ? いくら空賊の相手どころじゃないからって……」
リキシアは怪訝そうに、王女の重苦しい表情をうかがう。
「あなたは二十人ほどの一族を養っていると聞きました」
「まさか……この国がズアックに占領されたとき、アタシらが奴隷としてさらわれないように気づかってんの?」
リキシアはリルリナの暗い視線に困惑する。
「鎧を返すわけではありません」
「そうだけどさ……まあ、そうか。アタシらがズアックへ売り込もうにも、そこそこの鎧乗りなんて余ってそうだし、興味を持たれそうな情報もないし……というかあんなバカでかい国だと、ここを踏みつぶすための兵隊を三倍出すか五倍出すかの違いだけか……あ、いやごめん」
少し離れて尋問を見学していたアリハは小声でバニフィンに尋ねる。
「そんなにひどい差なのか?」
「ズアック連邦は騎甲千機の保有を公称し、少なくとも数百機は確実です」
「おい……いくらオレでも百倍の相手は……」
「将軍級の騎甲も百機、伝説級まで十機を隠し持つと言われていますね」
バニフィンは表情を変えないどころか、かすかな笑顔まで浮かべる。
リキシアは牢獄から出されても口を動かし続けた。
「しかしこの国も苦しまぎれか、妙な連中を使いはじめたね? あの動きは何者なんだか……軍服を着せた犬でも鎧につめこんでいるのかい?」
「そんなようなものだ」
ミルラーナがそっけなく返し、アリハはリキシアをきつめに縛る。
島の端には『浮き筏』と呼ばれる石棺がいくつか用意されていた。
浮力と移動の機能が少しは残っているものの、連結できなかったり、動作が不安定だったりで土地には向かないため、簡易な移動装置として使われる。
そこへリキシア団と、これまでに収容していた空賊も合わせて数十人が乗り、王女へ片膝をついて代表が礼を述べる。
形式的な儀礼にすぎず、口上の内容は使いまわされていたが、リキシアはいくつか余計な言葉も加えた。
「私、リキシアと……その他大勢の野郎どもは、これからは心を入れ換え、正しく生きていきます……そんな余裕ができたらね。今後は決してご迷惑をおかけしません……ろくに獲物もないのに必死で抵抗される貧乏国は襲うだけ損だし……このご恩は一生、忘れません」
アリハは露骨に不満そうに、囚人たちへ支給品を配る。
簡素であれ寝具と着替え、小さな投網なども用意されていた。
「なあ、水と苔粥の出る棺桶さえ持たせれば、海へ放り出しても神様には怒られないんだろ?」
「その声……ぼうやが犬鬼使いだったのかい? さっきは悪かったね。アンタとお友達の腕をほめたつもりだよ。おかげで商売道具はとられちまったけど……この前いただいた羊で食いつなげば、アタシより先にガキができやがった姪っ子は無事に産めそうだから、それは本当に感謝している」
リキシアの投げたキスをアリハは嫌そうにかわし、骸骨騎甲に乗りこむ。
囚人だらけの『浮き筏』を蹴って、茫漠たる青空へ出航させた。
「あれ? 男の子にしては騎甲もずいぶんなめらかに動かせるんだね?」
リルリナは見張りに兵士部隊だけ残し、従者たちやアリハを連れて城へ向かう。
「鎧の調達に国外へ船を出します。アリハさんにも来ていただきますので、馬人騎甲に慣れておいてください」
「えらく急だな。新入りのオレが馬公に乗っていいのかよ?」
「交戦もありえますので」
訓練場へ出た馬人騎甲はふらふらと怪しくうろつき、奇妙なうめきをあげる。
「あー。おー。いきなり『下半身が増えた』から、どうしようかと思ったけど、どうにかなるもんだな……」
「好みは分かれますが、後ろ足が補助になって安心する人もいます」
近くで見上げる小鬼はバニフィンの声を出した。
「たしかに倒れにくそう……だけど、小回りはいまいち……いや、ひねりを合わせれば……?」
尻をぐるぐる振り回して激しい踊りがはじまり、小鬼はなだめるように追いかける。
「無茶はしないでくださいねー」
「そうも言ってらんねえだろ……ん?」
骸骨騎甲と小鬼兵甲が二機ずつ、近づいていた。
「いつも見ている兵隊より、きまじめそうな歩きかた……あいつら、騎士候補か?」
「アリハさんより一日遅れで正式に騎士となったかたたちですね」
「それで先輩のオレへ『あいさつ』に来てくれたのか」
アリハが刃先を向けて手招きすると、骸骨騎甲の一機は肩を怒らせて剣をかまえる。
「なんと無礼な……でも話が早いようで、なによりです!」
バニフィンの小鬼が広げた両手を上げて制止する。
「いろいろな『調整』にてっとりばやいとは思いますが、無駄な損耗は避けてくださいね?」
上げた両手を交差させて、練習試合の開始を示す。
「あなたなどに馬人なんて、納得できません! はいやあああ!」
骸骨は踏みこんで剣をふりおろす前に、手刀で横面をはたかれる。
「はぶっ!?」
側面にまわりこまれ、向き直ろうとしても腹、腕とたたかれ、さらにまわりこまれて後頭部を突かれて倒れる。
アリハが距離をとって剣を下げると、起き上がった骸骨は胸部を開き、小柄な少女がはい出てきた。
バニフィンよりもさらに幼く見える容姿だったが、両拳をにぎって鋭くにらみつけ、腹から叫ぶ。
「納得できました!」
「お……おう」
アリハは対応に困り、視線でバニフィンにすがる。
「ホーリンさんの技術は見ての通りですが、実戦では飛びこめる気合も大事ですから」
もう一機の骸骨が胸甲を開く。
「スシェルラだ」
すぐまた閉じる前に、短い金髪の少女が無愛想に名乗る。
第二試合は攻防らしい形になったが、何度か打ち込んだスシェルラの剣はすべて受け流され、アリハの刃は三度、浅く打ち込まれる。
「ばかにして……!」
そう叫びながらもスシェルラは剣を下げ、降参を示しながらも歯ぎしりを響かせる。
ホーリンと交代に骸骨騎甲へ乗りこんでいた三番手の少女は対照的で、にこやかに会釈する。
「リルリナ様が直に抜擢するほどのかたですから、かなわなくてもしかたありませんよ。ミルハリアともうします。どうぞお手柔らかに」
試合開始と同時に、わずかに届かない間合いで剣をふり、そのまま肩から体当たりをしかけてくる。
「お?」
アリハがいなしてかわすと、側面から骸骨の肘が襲いかかっていた。
馬人はさらに思い切って背をむけ、後ろ脚で骸骨の胴をはじく。
「ちっ! はじめての馬人で、後ろ脚を使えるなんて……!?」
ミルハリアは痛みをこらえながら罵り、アリハはとどめの突きを胸の手前で止める。
「さっきのやつよりも腕が少しよくて、性格はかなり悪そうだな……まあ、よろしく頼む。最後は?」
視線は一機の小鬼へ集まるが、乗っていた少女は苦笑しながら手をふった。
「私はいちおう、前から補欠だったけど、実力はたいして変わらないんで」
「そうか……」
巨大馬人は拍子抜けした声で剣を下げる。
ふと見ると、バニフィンが小鬼から出てきて骸骨へ乗りこんでいた。
「メルベットさんが乗らないのでしたら、せっかくですから」
最後の試合は、攻防らしい形になる前に一方的につつき倒される。
勝った馬人が肩を落としていた。
「これで騎士鎧が数百機の国とケンカかよ……」
「わが国の窮状を理解していただけたようでなによりです」
出てきたバニフィンは突かれた手足をさすりながら苦笑する。
アリハは騎甲から降り、これからの同僚へ先んじて敬礼を送るが、納得できない顔もしていた。
「いくらなんでも、アンタにはもう少し期待していたんだけど……いや、わりとマシだった気はするけど……」
バニフィンもそこまで言われるとさすがに眉をしかめたが、恥じ入ってうつむく。
「いまだに荒っぽいことは苦手でして。追いつめられてようやく動けることも多いです」
「あー。ビスフォンのやつも練習だと情けねえけど、実戦で背中を突きとばせばわりと役に立つから、そんな感じか?」
騎士隊の少女たちは無遠慮な新顔へ怒りや困惑の視線を向けたが、アリハは敬礼したまま、ひとりひとりの顔を見つめなおす。
「でもまあ、ほかのお嬢さんがたも意外と……意外でもねえか。みんなクソまじめなのはわかった。そういうやつはおぼえも早いらしい……けど、オレたちにはあとどれくらい、鍛えなおす時間があるんだ?」
「どうしようもなく少ないとは思いますが、どうにか間に合わせるのが私たちの仕事ですね」
バニフィンはアリハの真剣な心配顔へほほえんで敬礼を返し、ほかの少女たちも続く。
夕空をさえぎり、数十の石棺をつなげた浮遊船が三隻、ゆっくりと近づいていた。
「同盟国からお貸しいただけた船です」
城の裏手にある港へ接岸すると、巨大鎧がぞくぞくと降りてくる。
「私たちが帰還するまでの留守番も引き受けていただけましたが、残念ながら名目は『空賊からの防衛』です。他国との戦闘は『別に判断』で……平たく言いますと、大国が侵攻してきたら撤退されてしまいます」
笑顔のバニフィンにアリハがこそこそと耳打ちする。
「あれが裏切るってことはねえの?」
バニフィンは笑顔のままうなずく。
「なくもないですよー。今回の『お買い物』がひどい失敗に終れば、同盟相手として見限られる可能性も……まあ、成功させればよいのです」
バニフィンの表情がわずかに悲嘆を見せ、またすぐに笑顔をつくろう。
この国で騎士と呼ばれる少女たちは、誰もが無理な背のびを続けた。