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第11話 眠れる魔女


 アルハとクローファの犬鬼兵甲コボルトスーツは少し長い競り合いのあと、最後の一撃を互いのあごへかすらせて同時に倒れる。


「五回」


「ちっ、一対五かよ……やっぱ十対百でやりなおそう」


 アリハの犬鬼が飛び起きてかまえ、もう一匹は座ったまま両手を上げて首をふり続ける。

 リルリナから見ても、ふたりの攻防は予想以上だった。


「彼の腕であれば、大国の大騎士とも……」


「実に惜しいですね。貴奴が騎甲きこうを使えない男性であることも、軍人には向かない性格も」


 ミルラーナはそっけなく答えながら、リルリナの悲しげな表情を気にかける。


「惜しいです。しかし無理強いで彼の心の傷を深めたくもありません」


 ビスフォンはミルラーナの顔色をうかがってから、小声で口をはさむ。


「クローファのやつも、ギアルヌ王国の厳しい状況を少しはわかっています……たぶん。少なくとも、仲間を見捨ててまで逃げたいとは思っていません」


「いずれにせよ、むごい話です。あれだけ畑仕事に親しみ、本来であれば騎士に守られるべき性格のかたが、戦場へ立たされるなど……」


「クローファも鎧での仕事は好きだし、少しずつ軍務にも慣れてきました。でもまだどうしても、体が思いどおりになりきらないだけ……のはず、です」


 リルリナはビスフォンの心づかいに感謝してほほえむ。


「ところで、話しづらいようでしたら、アリハさんと同じ言葉づかいでもかまいませんよ?」


「いえ、そんなわけにはいきません、です」


 クローファとの再戦をあきらめたアリハが引き返し、鎧から降りて来ていた。


「そいつは王女さんに惚れているから、好きにさせてやれば?」


「お、おい、アリハはもっと言葉づかいに気をつけろよ!」


 ビスフォンが顔を赤くしてつかみかかり、アリハはニヤニヤと応戦する。


「それにリルリナ様に惚れていない男なんて、この国にいないだろ……ですよ」


 ビスフォンはすねたように言い切り、リルリナはうれしそうに照れ笑いを見せた。

 しかしふと犬鬼の空席へ目を止めると、ミルラーナの制止も押しのけて直進をはかる。


「クローファさん、ぜひ私のお相手も」


 王女の両目から暑苦しい気合が放射されると、クローファの犬鬼は座ったまま大きく首をふり続ける。


「だめだよ王女さん。そんな遊びに見えないツラがまえじゃ……というかアンタは、まだ休んできゃまずいボロボロの体だろ? バニフィンのやつは怒らせるとやばそうだし……」


 リルリナがびくりと抵抗を止め、ミルラーナにとり押さえられる。


「あの……やはりバニフィンには心配をかけてしまった様子でしょうか?」


「自分で聞いてくれ」


 アリハがあとずさり、ミルラーナではない腕もリルリナを背後からがっちりと捕らえる。


「こんなところにいましたか。ええ、ずいぶん探し続けました」


「ま、待ってください。これは……」



 アズアム族の長老ドリスパは茶や菓子をのせた盆を持っていた。


「よろしければ、あと少しばかり、お時間をよろしいですかな?」


 従者たちに引きずられていた王女が呼び止められる。


「ご覧になっていただきたいものがございますので」


 遊び場を兼ねた練習場の隅に、五つの石棺を十字に連結させた格納庫があった。

 手前の室内に犬鬼たちが座っていて、両隣は整備用の資材倉庫になっている。

 ビスフォンは犬鬼の整備をはじめていたが、族長が手をふると立ち上がった。

 裏側の一室は壁から机型のでっぱりが引き出されたままで、天板には細かい文字が表示され、刻々と変化していた。

 表示の半分ほどは崩れているし、画面に触れて操作しても、反応は何秒か遅れている。

 王宮にある石棺ほど状態はよくないが、城ではない場所に、しかも元は漂流集落だった場所で情報機能が使われている様子をリルリナは珍しげに見回す。


「この石棺には情報機能がずいぶん残っているのですね?」


「整備主任のジョルキノさんが手配してくれたんです。浮力がないぶん格安だったとか」


 石棺による情報検索には大量の制限がかかっている。

 しかし閲覧可能な内容だけでも膨大すぎて、生涯を費やしてもほんの一部しか目を通せない。

 通信に関する機能はさらに極端に封じられていた。

 送受信は拒絶され、音声出力も封じられ、外壁に使える照明の光量まで抑えられている。


「今はアズアム居住区の学習施設としても使っています。教えるのはオレで、生徒は年上のほうが多いですけど」


 ビスフォンは壁に手の平をつけ、小声でつぶやく。


「照明を見渡せる程度に。中心の部屋へオレ以外の入室も許可……頼む『箱舟』」


 最後の言葉で天井がぼんやり明るさを増し、奥の壁が下から少しずつ、溶けるように床へ消えていく。


「今日は調子が悪いな……」


 ビスフォンは壁が開くのを待って茶菓子をつまみ、茶のカップが足りないと見ると、別の壁に触れる。


「飲料水。少し温めて。頼む『箱舟』」


 壁がくぼんでカップ型が残され、底からじわじわと湯がたまってくる。

 ビスフォンがカップを取り出してひと息に飲んだあと、カップを壁へ押しつけると吸着し、じわじわと壁の中へとりこまれた。

 石棺の壁や巨大鎧の装甲に使われている陶器のような材質は、盆や鍋、スプーン、整備器具や農具、一部の家具や牧柵などにも使われている。


 リルリナはふと背後を見て、いつの間にかミルラーナ、バニフィン、ドリスパ、アリハに混じってクローファもいっしょに茶を飲んでいる姿に気がつく。

 動きの静かな動物だった。

 麦の焼き菓子を少しずつかじって、顔をほころばせている。

 リルリナはクローファの並外れた実力を知ってから、つい頭の中では部隊編成を何度も練ってしまうが、あらためてきっぱりと廃棄したくなる。

 それでも王女として、そしていまや国防のすべてを担う騎士団長として、忘れきれない利用手段であり、意識の端にひっかけている。

 そんな意地汚さを騎士道と呼んでいいものか、同じ迷いをくりかえす。

 そして奥の壁が開くと、そこで待っていた相手を見上げ、息が止まった。


「な……ぜ、ここに?」


 カラス色の騎甲が、五年前と変わらない姿で片膝をつき、うつむいていた。


「ビスフォンにどうしてもと頼まれまして、国王様に譲っていただきました。兵甲へいこう二機と交換したいという行商人もいたのですが……」


 リルリナの絶句に比べ、長老ドリスパやミルラーナの態度は落ち着いている。


「ずいぶん前にも見たが、動かない鎧だろう? しかしガラクタでも伝説級騎甲の残骸となれば、それくらいの値段はつくのか……売っていいのだな?」


 ビスフォンはあわてて首をふり、そわそわと周囲の顔をうかがう。


「い、いえ、できればもっと研究したいです。でもギアルヌ王国がなくなったら、それどころじゃないし……」


「まったく動かないのに、研究しているのですか?」


 バニフィンは首をかしげながら、横目にリルリナの沈黙も気にする。


「整備主任のジョルキノさんも言ってましたけど、きれいすぎるんです。これが伝説級でなければ、あきらめていたんですけど」


「たしかに活きた伝説級騎甲なら、値段のつけようもない貴重品ですからね」


「それもありますが、伝説級には『極端な特徴』が多いことも気になるんです。操縦のくせが極端な機体も多いので、もし極端な方法で動くとしたら……」


「この鎧の特徴が『残骸になっても極端にきれい』というだけなら無駄骨だな」


 ミルラーナの無慈悲にバニフィンは視線で自重をうながす。


「オレの五年間をそんな軽く投げ捨てないでください……でも、売らなくてもこのまま使えませんかね?」


「なに?」


「この外見なら、かかしに使えそうかと思ったんで」


「たしかに……戦場でいきなりこれを見かけたら、かなりの警戒をするだろうな」


 残骸でもなお、ミルラーナやバニフィンは近づくことをためらった。


「かなり異様ですよね……迫力のあるデザインならほかにもありますが、これは美術的というか、呪術的というか……?」


 アリハも一応は拝礼してからよじ登る。


「オレはビスフォンの趣味につきあって何度か乗っているけど、ひさしぶりかも」


 胸部は開閉できて、内部へ脚をさしこめば体も飲みこむ。


「閉じれば周りも見えるし、声も届く……なんで動かないんだか」


 身じろぎもしない鎧の中でアリハがつぶやき、ビスフォンも深くうなずく。


「軽そうな傷なのに動きが鈍いとか、目立たない補修跡なのに足がまったく動かないとか、そういう事例は資料にも多くあるんだけど、これは保存状態と症状の差が極端すぎる……と思います」


 リルリナが見上げて放心したままだったので、バニフィンはそっと手をそえる。


「だいじょうぶでしょうか?」


 リルリナはぎこちなくうなずき、その様子にミルラーナも五年前を思い出す。


「そういえば、これが発見された時……」


 当時のリルリナはすでに大人に負けない品格を身につけていたので、人前で声をあげて泣いたと聞き、驚いたおぼえがあった。


「今でも……よくわからないのですが、やはり圧倒されてしまいますね」


 リルリナはどうにか苦笑しながら、見下ろす『戦魔女いくさまじょ』に背を向ける。

 そこには麦菓子を突き出すクローファがいた。

 受け取って観察すると、細身の少年はこれまでの会話をまったく意に介さないで食べ続けている様子だった。



「リルリナ様は美術的な感性が強いのかもしれません」


 そう言ってビスフォンが近くの壁にふれると、騎甲の機体図面が次々と表示される。

 その多くは人型だが、悪魔や天使を模した姿や、竜や獣に似た形状もある。


「オレは最初、この『戦魔女騎甲モリガンアーマー』を漠然と『きれい』と思っただけなんですけど、いろんな鎧を知れば知るほど、どこか異質な美しさに思えて……」


 画像を選んで配置し、女神や鬼神のような騎甲を集めて見せる。


「……これらの見た目も、立派な芸術品だと思うんですけど、ここに『戦魔女モリガン』を並べても……なんだか浮いて見えませんか? 鳥の一覧にコウモリが混じっているような……うまく説明できないんですけど」



 アリハが降りて来て、鎧から視線をそらして茶を飲むリルリナとクローファの隣に座る。


「おいクローファ、おまえも昔、あれを怖がっていただろ?」


「怖くはないよ? でも見ていると…………悲しくなるから」


 褐色肌の少年はようやく『戦魔女いくさまじょ』と目を合わせる。

 短い沈黙のあと、はらりと涙を落とした。

 リルリナは驚いてハンカチを用意するが、クローファは自分の服でぞんざいに顔をぬぐってふりむくと、呆れ顔のアリハが差し出す麦菓子を屈託のない笑顔で受けとる。


『彼を鎧に渡してはいけない』


 リルリナの心に浮かんだ言葉の意味は、本人にもよくわからない。

 ただそっと、背後で沈黙を守る『戦魔女』を盗み見た。

 言い知れぬ呪わしさを感じる。

 吸いこまれるような美しさだが、正体もつかめない重圧をたたえ、ひどく胸をざわつかせた。




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