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第1話 かたくなに甘やかされし


 海は陸を失い、空には浮遊する島影が散っていた。

 それだけが人類に残された土地であり、その規模はかつての陸に存在した都市圏の半分もない。


 西暦を使う時代は遥かな太古となった未来、聖神暦三〇四二年の春。

 北半球の一部である『第六海域』には十三の国家が存在していた。

 国土は高さ数十メートルの上空に薄く広がり、風が巻き上げる潮しぶきを避け、日差しを集めている。

 地表のほとんどは農地に使われ、風景は中世じみた田園が占めていた。


 中でも『ギアルヌ王国』は特に小さい。

 首都である本島すら、一日あれば徒歩で一周できてしまう。

 建国からおよそ七百年。

 低い丘の小さな城は補修が重ねられ、いびつな姿をさらしていた。


 島のへり近くは土地がやせていて、牧草地になっている。

 一頭の子羊が群れからはぐれ、柵の壊れた部分から海へ続く断崖に近づいてしまう。

 巨大な鎧の小手が、そっとすくいあげてもどした。

 人の何倍も大きな騎士は子羊を追いやると、遠くに見える城へ身をかがめ、両手で巨剣を捧げ持つ。

 左右に控えていた巨大な騎士も、同じ作法で礼を示した。

 そよぐ風が花を巻きこみ、夕暮れが近づく。



 幼い牧童が駆けより、クローバーを高くかかげていた。

 中央の騎士は胸部の鎧をゆっくりと開く。


「一分だけ、見逃していただけませんか?」


 鎧の内部、ゴム質の繊維が詰まった中から、細身の軍服姿が立ち上がる。

 ほほえみは凛々しいが、長い栗色髪の少女だった。

 左右の巨大騎士は首をすくめる。


「リルリナ様こそ、いちいち規則どおりに断らないでください」


「やむをえない緊急事態、ということにしておきましょう」


 巨大な兜はどちらも少女の声で答えた。

 降り立ったリルリナは手渡されたクローバーが幸運の四つ葉であることに喜んでうなずき、柵の壊れていた部分を牧童に教えると、ふたたび鎧へ飲みこまれる。


「本当に一分でもどらないでください」


「たまには息抜きも大事になさってください」


 従者たちは渋るが、リルリナは歩き出す。


「一度降りてしまうと、なじむまで時間がかかりますから。この鎧を預かった身として、いついかなる時も……」


 不意に遠くから早鐘はやがねが伝わり、立ちのぼる細い煙が見えた。

 巨大騎士たちは無言で駆けだす。

 従者たちの巨大鎧は骸骨がいこつが胴鎧と兜を身につけた姿を模していた。

 リルリナの機体は下半身が馬の形状で、骸骨鎧よりも速く駆ける。



 煙の下では十数機の鎧が牧草を踏み散らして争っていた。

 いずれも成人男性の倍以上もある巨体だが、馬人鎧や骸骨鎧に比べると半分ほどに低く、体型まで幼児に似た不恰好だった。

 ブタ顔の鎧は十匹ほどで短い棍棒をふりまわし、羊の群れに迫る。

 それに対して耳と鼻の大きな小鬼顔の鎧たちは半数ほどで防衛し、おされ続けていた。


「騎士鎧が来るまでもたせろ! 応援の兵士鎧はまだか!?」


 男の声で叫んだ小鬼のわきを駆けぬけ、リルリナの馬人鎧がブタ鎧の一匹を斬り倒す。

 歓声とどよめきが上がった時には二匹目を蹴り飛ばし、三匹目へ巨剣をふるっていた。

 馬人の鎧は歩幅も、腕や武器の長さも倍はある。

 重さは何倍も上で、一撃ごとに『巨大な小人鎧』をたたき飛ばした。

 それでも数匹のブタ鎧に囲まれてしまうと、あちこちに傷がつきはじめる。


「深追いしすぎです王女様!」


 小鬼たちが叫びの音色を変え、リルリナの援護に突撃する。

 鎧の群れは打ち合うたびに爆音と火花を散らせ、その旋律は急激に加速した。



 骸骨鎧の従者たちも追いつくと、ブタ鎧はすでに半数以上が動けなくなり、残りは逃走をはじめる。


騎甲きこう部隊で追撃します! 兵甲へいこう部隊は乗り手を捕縛!」


 リルリナが号令して駆け出す。

 逃げ出した三匹のブタ鎧の前へ、リルリナの鎧よりも頭ひとつ大きな影が立ちふさがった。

 小山のような威容の上に、怒りの形相が角をのばしている。

 太い腕が長い棍棒をうならせ、三匹をまとめて殴り飛ばす。

 かろうじて起き上がりかけた一匹にとどめを振り下ろし、倒れたままわずかに動いた一匹の腕もたたき砕く。

 制圧を確認したあとで大鬼の鎧と馬人の鎧は向き合い、互いに武器を下ろして辞儀を示した。


「ご無事でしょうかリルリナ様?」


「軍服を着ている時にはデロッサ様が上官です。お手数をおかけして、もうしわけありません」


「ではリルリナ隊長。今回の空賊くうぞくは数が多かったようですから、もう少し部下にも任せるべきでしたね?」


「はい……今後はそのように心がけます」


 大鬼の胸部が開かれる。


「まあ、堅苦しいことはこれくらいにして、城でお茶にしませんか? ぜひ、リルリナ様のご活躍をお聞かせください」


 ゴム状の繊維に肩まで埋まったままほほえむ少女も、リルリナと同年代だった。

 淡い金色の髪はまっすぐに長く、切れ長の目と色白の顔は彫像のように整っている。


「せっかくのお誘いですが、私どもは捕縛まで確認してから、のちほど休憩をとらせていただきたくぞんじます」


 リルリナの鎧がふたたび辞儀を示すと、デロッサは少しだけ間を空け、鎧を閉じてうなずく。


「では先に帰投させていただきます。しかしあまり、無理はなさいませんように」



 倒されたブタ鎧の群れから、若い男たちが引きずり出されていた。

 粗末な身なりの者が多い。

 小鬼の鎧から出てきた搭乗者も、男性が多かった。

 着ている軍服はリルリナやデロッサと同じデザインだが、飾り模様は少ない。


「リルリナ様は無茶をしすぎです。そこまで兵士を甘やかさんでください」


 捕縛を指揮していた年長男性が見上げると、馬人の鎧はちぢこまってうつむく。


「しかし装甲の厚い騎甲部隊が率先しなくては……」


 男たちの多くは体のどこかを腫れあがらせ、顔をしかめていた。


「ありがたい騎士道精神ですがね。ものには限度があります」


 あごひげの年長男性が苦笑いすると、リルリナの左右に従う骸骨鎧も無言で大きくうなずく。


「それにリルリナ様が無茶をなさると、若造どもまではりきりすぎて危ないんです。ほらもう、さっさと城へ帰ってください。みんなやせがまんして、うめき声もあげられません」


 年長男性におがまれてしまい、王女の巨大鎧はしぶしぶと城へ向かう。



 ギアルヌ城の城壁内部は巨大な寝台がならび、鎧の格納庫になっていた。

 騎士鎧たちが横たわると整備兵が集まり、損傷部分の修復をはじめる。

 骸骨鎧の一機から出てきた従者の少女はおとなしそうな童顔だった。

 鎧から降りようとして手をつき、びくりと顔をしかめる。


「いたっ……思ったより強く打たれていたかも?」


 鎧の傷と同じ部分で、腕が赤く腫れていた。

 もう一機の骸骨から出てきた従者の少女は長身で、表情はそっけない。


「長引きそう?」


「それほどでもないけど、夕食とかは不便かも。それより、リルリナ様が……」


 ふたりは眉をひそめ、傷だらけの馬人鎧を見上げる。


 鎧を開けて王女が姿を見せると、ほほえんでいた。


「おつかれさまでした。私は報告がありますので、おふたりは先に休んでいてください」


 ふたりの従者は無言無表情で馬人鎧へよじのぼり、王女をひきずりだす。


「だ、だいじょうぶですから。私は……つっ……」


 リルリナがかすかに笑顔をしかめた。


「そんなわけありますか! あれだけ打たれて!」


「そういう隠しごとだけは許しませんよ!」


 従者たちは両脇から王女をかつぎ上げて叱りつける。


「騎士たるもの、弱音をもらしては……」


 リルリナは困り顔で弱々しい声をもらす。


「限度があります!」


「頑固もほどほどになさってください!」


 整備兵たちもぞくぞくと集まり、王女の追い出しを手伝う。


「報告をしなくては……」


 リルリナは従者たちに引きずられながら未練がましくふり返るが、兵員一同は笑顔で手をふった。




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