黒い花の咲くところ
黒い花が咲きました。
ひろい野原の、まんなかで。
ただ一輪。
お月さまが通りすぎて、星たちも、うとうとしていた、静けさのなかで。
夜明けの近い、空の闇のすべてをあつめたよりも、まだ深い黒い色の花です。
おきていた星のひとつが、黒い花に言いました。
「黒い花、この野原から出ていきなさい。ここは、お月さまだけでなく、お日さまも通る大切な場所ですから」
はかの星も、くすくす笑って言いました。
「おまえのまわりを見てごらん。どの花も、お月さまやお日さまを、おむかえするにふさわしい、すてきな色をしているよ」
黒い花は、そっと辺りを見渡しました。
ほかの花たちは、ねしずまっています。地平線を描くどの花も、赤、白、ピンク、黄、青、紫……色とりどりです。花がひらいている様子は、とても美しく、はなやかでしょう。
黒い花は、うつむいて、風に吹かれて野原を出ていきました。
黒い花が咲きました。
どうくつの奥深くで。
「いつまで、ここにいるつもりなの?」
ほわりと輝く、きみどりの花が言いました。
「黒い花がいたのでは、いつまでたっても、どうくつは暗いままだわ」
「光があたらないから、みんなで光をつくっているのに」
青白く光る苔も言いました。
「ここは、光をもたないものがいていい場所じゃないんだ」
黒い花は、分けあう光をもっていません。ふわりとおじぎをして、どうくつを出ていきました。
黒い花が咲きました。
木や草の、うっそうとした、しげみで。
大きな木の影にまぎれて。
大きな木は、大きな木たちと話していました。
自分たちの白い花びらが、光に透ける美しさを。
自分たちのオレンジ色の実が、まるで光の結晶のようだと。
花たちは、虫のごきげんをとっていました。
次から次へ、虫を花粉でかざっていきます。
草たちは、小鳥を、もてなしていました。
実のなかの種を、すこしでも光のあたるところへ運ばせたくて。
そのうちに、大きな木が、けんかをはじめました。
だれの花が、いちばん美しい花か、だれの実が、いちばん輝く実か、あらそいをはじめました。
だれも、黒い花が来たことに気がつきませんでした。
だれも、黒い花が去ることに気がつきませんでした。
黒い花は、雨にうたれながら、しげみを出ていきました。
黒い花が咲きました。
どんな花も咲かない、空にゆられて。
はじめて、お日さまの光に照らされたところで。
「こんにちは、黒い花」
光きらめくお日さまが、黒い花を見つけました。
「こんにちは、お日さま」
黒い花は、花びらをとじました。
「ごめんなさい。お日さまの光に、影を落としてしまって」
「あやまることはありません。もう一度、花をひらいて。とてもきれいな黒い花」
黒い花は、びっくりしました。ふるえる声で言いました。
「お日さま、きれいというのは、赤や、白や、ピンクや……虹色の花をいうのでしょう?」
お日さまは、目をまるくしました。
「そうなのですか? 虹の花も、金銀七色の宝石も、わたしの光のなかでは、色をなくしてしまうのに」
にっこりと笑って、お日さまは黒い花に言いました。
「わたしはあなたを、髪に、胸に、かざりたい……そう思いますよ」
黒い花は、今まででいちばん、美しく花をひらかせました。
「はい、よろこんで」
黒い花が咲きました。
お日さまのそばで。
お日さまの心で。
(おわり)