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トオル号四話 一号ロボ  作者: 伊藤むねお
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パンドラの函

 シズがトオルに関してソミック社と秘密の契約をしていることは空也もしらない。マスターの空也にこそ一番知らせたくないことでもあった。富田たちはトオルに「何かがある」とみている。その何かはシズにも聞かされていないのだが因果関係の輪の中に空也の存在も関わっている為だろう。

「心だな。ロボの」 

 なぜ心を問題にするか。

 空也はいう。

「大きな課題は、むしろ人間側にあると俺は思っている。つまり10年、20年とロボと暮らした場合だ。人はいつかは老いぼれて死ぬ。俺もそうだ。その時、トオルがどういう態度で俺を看取るかというのは正直考えるよ。わあわあ泣いて取り乱すのは困るが、けろりとされてもいやだなあ、と思うんだ」

 空也の表情は真剣だった。

 シズもまた真剣に聴いている。

「その逆もある。トオルが先にくたばった場合だ、機構が錆びてバイオに黴がつきトオルが死ぬ。死なないでも寝たきりになる。過去にはもう何体もあるんだよ。そのときのマスターの心情というのがね、これが複雑なんだ。まずやはり悲しい。かなりね。けど保険が出るから少し補充すれば代わりはすぐにでも買えるんだ。でも買えないよね、そう簡単には。俺には実感としてそれがわかるんだ」

「わたしも同感よ。とくにトオルの場合は」

「人の心とか死については無数といっていいほどの宗教的あるいは哲学的な教えがあるが、結論というか解答は未だ無し、というところだ。とにかくも習慣を含めた文化がある。ところがロボの場合はそれが全くないんだよ。人間そっくりなのに実は人間じゃない。そういう存在がこれまで全くなかったからね。ソミック社がロボの完成を発表したとき頭のいい普及慎重派はほとんどがそれをいった」

「ケンケンがくがくだったわ」

・今のロボを新しい人種ということにしよう――極論だな。

・外見を機械そのものにしてしまおう――妥協案のつもりか。

・右のコンセンサスがまとまったら世に出せ――ハイテクを埋もれさすのか。

 などなど。

「富田さんたちに予測はなかったのかしら」

「あったと思う」

 シズは富田たちがトオルに特別の注意を払っていることを知っている。きっとそここそがブレイクポイントなのだと。

「研修の時、インストラクターがパンドラの函がどうのといってたよ」

「出てしまったものは仕方がない。そこから始まるわけね。それじゃ希望にすがるしかない」

「シズはそれ、ワンダーブックかなにかで読んだのかな。ホーソンの。必ずいつかはいいことがあります、信じて希望を持ちなさいという」

「そうだったと思う」

「ギリシャ神話は少しちがう」

「あら、どう?」

「諸々の悪が出たところでパンドラは慌てて蓋を閉じるところは同じだが、シズのいう寓話のようにはその希望を出してやらないんだ。パンドラの罪は一層重いというわけ」

「そうなの」

「でも、希望のところをエルピスとギリシャ語ではいうんだが、予知、先見という意味にも解釈ができる」

「すると?」

「悪いことが起きるのを予め知ることができない、というのはむしろ幸いではないか。それを防いだのだから、その分は罪が軽いというわけだ」

「?・・・」

「たとえばあした一億円の宝くじが予知されます、と知れば喜ぶ。しかし明日、落雷で死にますだと、えらく困るだろう」

「はああ、そうね」

「つまるところ、知らないことの幸せだな」



 二日後の深夜、新年度の受講計画表の作成に四苦八苦しているシズに、富田から電話があった。

「今晩は。起きてたのね。いつも?」

「今、新年度の受講計画表を作ってるんです」

「来年無事卒業できれば司法試験はパスで、すぐに司法修習生になれるんでしょう。どう?」

「自信ですか。むむむむむ、というところです。富田さんこそ遅いんですね」

「わたしはいつも大体今頃までね。どうせ家がそばだから。ところで小野のことをトオル号から聞いたそうね」

「はい。聞きました」

 ははあ。これが用事か。気を遣って電話をくれたのかな。

「驚いた?」

 富田は薄く笑った。

「とってもです」

「失礼しました」

 富田は頭を下げた。胸に吊した幅広のスマホがはだけた白衣の間でぶらりと揺れた。下はニットのセーターのようだ。

 この人、白衣を何着持ってるんだろう。

「富田さん。ロボ法の定めるところでは、成人形のBタイプは業務的役務には就かせてはならないはずですよね。人間の雇用機会を奪うということで」

「そうよ」

「小野さんは?」

「リボンが取れた場合はその規定に束縛されない。これも同じ官報で出てる」

「あ、そうなんですか。まだチェックしてませんでした。すみません」

「まだ聞きたいことがあるんじゃない」

「あります。小野さんをトオルに会わせたのはどうしてですか」

「やはりね。ま、そろそろということかな」

「そろそろ?」

「ノーコメント。これからはシズさんの推理ね」

「わたしはトオルのことを考えていたんです。リボンをとれたらですが、弁護士になれますか」

「そこにくるか。ちらっとは考えてみるかねえ。厄介モノをまた抱えたわ」

「おそれいります」


 しかし小野はどういう生活をしているんだろう。まさか、トオルみたいに椅子にちょこんを腰かけてすやすやとカワユク眠る、なんてのじゃないわよね。あ、もしかしてこの人と同棲しててデキてる、なあんてことはないわよねえ。そうよ。ないのよ。B形にはセックスシンボルはないとなにかに出てたものね。でも、でも、特別開発とかいってウマイことやってたりして・・・あ、わたし、とんでもないことを考えてる。

 シズは自分の妄想に驚き、はっとして富田の顔をみた。

「シズさん」

「はい?」

「あなたが今、何を考えたかわかったわ」

「嘘!」

「嘘よ」

 あ、はははは。

 お、ほほほほ。






ありがとうございました。次回、トオルが事故、事件に遭遇し、法廷で証人として立つ。そのような面白い小説を書いてみます。ひと月はかかるかな。

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