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トオル号四話 一号ロボ  作者: 伊藤むねお
4/5

驚愕

 二日後、シズは学校の帰りソミック社を訪ねた。

 高輪台の広大な敷地にあるソミック社はここ数年の間に飛躍的に伸長し、今では世界のTOPブランドのひとつになった。

 ゲートから指定されたビルまで社員が車に乗せて連れていってくれた。小野の指示のようである。

 応接室でシズが指輪をわたすと、小野はそれを小さなプラスチックのケースに収め代わりの指輪を寄越した。

「またですね」

「お願いします。富田も期待してます」

 指輪の中にはマイクロチップが組みこまれており、外部から強い圧力を受ける都度その時刻などが記録される仕組みだと聞いている。それを吐き出させてトオルから得たモニタリングデータと突き合わせをするのだろう。

 品のいい指してる・・・。ネクタイの趣味もいいわ。

 小野のことならなんでも良くみえるシズである。

「富田にも連絡しましょうか。今なら時間が取れるかもしれませんから」

「いえ。いいです。富田さんとはこの前も電話でお話したばかりだし・・・お忙しいでしょうから」

 シズは慎重かつ丁寧に断った。

 小野とふたりだけで話せるというのはそう何度もないだろうから。

 ちょっと脚を組み替えてみせようかな。

 しかし小野と色々と話を交わすうちにシズはなんとなくこれは無理だな、と感じた。エンジニアというよりは外交官という方がぴったりの小野ではあるが、あまりにも完璧すぎる。男なら、どんなに自制しても自分の美貌に対して獣性のようなものが垣間見られるのを見逃さないシズなのだが、小野にはそれが全くなかった。

 ホモか?


「食事をして行ってください。お客様用のレストランがあるんです。結構いけるらしいですよ」

 小野はシズを案内してくれたが、一緒に自分も食べるのかと思ったらそうではなかった。

「富田から、これを差し上げるように言われております」

 そういって薄いプラスチックタグをくれると、

「それじゃ。わたしは仕事にもどりますので。またよろしくお願いします」

 と、きっちりとした挨拶をして滑るような足取りで行ってしまった。

 もらったタグは料金無制限のトップグレイドのものだった。

 小野の立ち去った直後はなんとなく面白くなく、トラッシュに放り込もうかと思ったが、すぐに、「ま、いいか」と思い直し極上のステーキをひとりで食べた。


 なぜその質問が出たのかは自分でもわからない。それほどにほんのなにげなく聞いたのである。しかし返ってきた返答は驚天動地のものであった。

「ねえ。小野さんって独身かしら」

「お姉さん。小野さんはロボです」

 な、なに?!

 シズがもし手に何かを持っていたら、ドラマの中の役者のようにバタリとそれを床に落としていたことだろう。

「だって、だって、トオルちゃん。あの人リボンをつけてないわよ」

 シズは気管に入りかけた挽肉に咳き込みながら急いでいった。

「生まれてから5年経過したら、委員会の審査をマスターとともに受け、それにパスすればリボンを外してもいいのです」

「え? そんなこと聞いてないわよ」

「官報による告示があります。昨年、5月29日付けで即日施行されております」

「ええー」

 シズは暫くは二の句が出なかった。

「・・・それ、わたしとしたことが見落としたわ。でも5年なんて? そんなロボいるの」

「あの人だけです。少なくてもあと約2ヶ月は小野さんが世界で唯一のヒトなんです」

「だって、待ってね。新型ロボの最初のプレゼンが丁度その位じゃなかった?」

「5年と27日です。小野さんがそのプレゼンに出た第一号ロボです」

「え? あれは私も生でテレビみたわよ。シンジ君行ってみよう、でしょう?」

「はい。僕もビデオで見ました。小野シンジさんがあのシンジ君です」

 えええー。

 シズ、三度目の絶句である。

「だって、シンジ君はトオルと同じA形よ。そうだったでしょう」

「プレゼンから三ヶ月後にB形に替えたんです。小野さんが教えてくれました」

「替えた? どうして? どうしてそんなことをしたの」

「それは教えてもらっておりませんが、確率で考えますとこの予想ができます」

「言って。言ってよ」

「お姉さん、覚えてますか? あの時、メディアの方が、本当にロボなのか証拠をみせろと要求しました」

「覚えてるわ。そしたら司会者が、シンジ君の胸の皮膚を剥がしてみせたのよね。キャーキャーと大変な騒ぎに・・あ・・・」

「あの程度の傷ならきれいに再生されますから痕跡も殆ど残りません。しかしそれでは名誉あるシンジ号が傷を負ったロボになるのは駄目だと考えたのではないでしょうか」

「なるほどね。富田さんが?」

「かもしれませんし、そうでないかもしれません。B型となる小野さんにフィットするバイオをつくるために三ヶ月もかかったのだそうです」

「そうか・・・わたしはシンジ君は科学博物館かソミック社のショールームに記念として飾ってあるとか、でなければ国連などに寄贈されたとばかり思っていた。でもトオルは小野さんがロボだというのをいつ知ったの?」

「小野さんが訪ねてきた時です。それまでは知りませんでした」

「そうだったの」


 トオルなら会えばわかるというのは、シズにもわかる。

 内部にある数百個のモーターの回転音も聞き逃さないだろうし、音声もデジタル合成音だからロボが聞けば即座にわかる。なにがしかの電波も発信しているのだ。

 小野を見た瞬間、トオルは人間ならのけぞるほどに驚いたはずだが無論そうはならない。ゆえに、傍にいたシズらにそれを気がつく術はなかった。

 驚くというのは人の場合ふたつの要因がある。ひとつは自身の安全が脅かされる恐怖からのものである。夜道でぬっと人影が現れた場合の驚きなどがそれで、肉体的弱者である女性の方がより驚くのはそのせいだ。

 ふたつめは不慣れな、または意外な事に出くわした場合である。一億円当たりました、と宝くじ売り場でいわれた時の驚きがそれである。自分ではなく他人のそれが当たった場合でも驚く。これは、人というものが意識するしないに関わらず常になんらかの予測をしながら生きていることを意味する。


(初めまして、お電話をしましたソミック社の小野です)

(いらっしゃいませ。お待ちしておりました)

 ま、なんて完璧な人なんでしょう。タイプだわ。

 シズが小野にある種の驚きを覚えた時、トオルもまた「驚いた」のだが、小野にリボンがないことを知るや電子脳をフルモードにして官報の記述を引きだし、該当個体がシンジ君一体であることを引きだし、小野がシンジ君そのヒトであらねばならないと結論したのである。

 人間であれば「驚き」タイムであるその時間が、トオルの場合は文字通りの瞬時なのだから驚きとはならない。


 一方、驚きつつもシズは考えた。

 それはトオルだけではなく他のロボたちも会えばわかるだろう。それなのにそのことが世に知られていないというのは、小野は滅多に外出はしないということだ。それなのになぜ富田は小野をトオルに会わせたのか。

 富田がそうしたかった。そうしたい理由があったから。ではなぜか。

 小野とトオルはシーザー権の争いなのか・・・そんな、ちがうわね・・・

 シズはしきりとそれを考え、そればかりを考えつつトオルの作ってくれたハンバーグを食べている。こんな時はまるで味がわからないというのはシズの場合は嘘で、トオルの味付けはいつもながらうまい。本来ならシズは失恋に、多少なりとも萎れなければならないのだが驚きがそれを吹き飛ばしてしまったらしい。油田火災を鎮火するときに使うダイナマイトのような効果があったのだ。


 それにしてもだ。

「トオル。これまでどうしていってくれなかったのよ」

「聞かれませんでしたから」

「ふん。やな子ね」

 拗ねたふりをしてみせたが、そこでシズは笑ってしまった。われながら嫌になるほど淡泊な性格である。


 小野さんがあのシンジ君だったとはねえ。

 シズの話を聞いた空也は思慮深げな顔になった。

「官報でそういうのが出たのは俺も知らなかったよ」

 空也も驚いたようだがそこは年の功であろう。手からコーヒーカップを落とすほどではなかった。

 本当のところは裏切られた乙女心をわかって欲しいと思っていったのだが、もとよりそれは無理である。父は、男には興味を持たない風変わりな娘であると思っている。

 もっとも空也の娘を観る目はそうはちがっていない。ソミック社の食堂で極上のサーロインステーキを食べ終えた時には、もうすっかり熱が、本当にあったかどうか自分でも疑わしいのだが醒めていた。

「トオルは、あるいは小野さんに匹敵する、あるいはそれ以上の何かがあるということだな」

「何かが?」

 シズは鸚鵡返しに呟き、父に少しうしろめたさを感じてしまった。



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