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トオル号四話 一号ロボ  作者: 伊藤むねお
3/5

常盤深雪

 昼食を食べた午後二時頃、執筆をしている空也のところに電話が入った。

「はい。内山です・・・・そうです。いいえ、こちらこそ。お役に立てて嬉しく思います。はい。少しお待ち下さい」

「だれ?」

「常磐深雪さんという女性です。仙台で会ったマチのお母さんです」

「ああ、あの。丁寧な方だな。いいよ。回して」

 空也はシズからその話を聞いていた。

 PCのスイッチを切り替えると本人の画像が現れたとたんに空也はどきりとした。年は40前後だろう。空也が妄想したマッチ売り少女とはなにからなにまで正反対の美形だった。

 空也は急いで髪をなでつけ、襟元を正してから自分の映像を送った。

「お待たせしました。内山です」

「常磐深雪でございます。先日はお嬢様とトオル君には、わたしとマチがそろってお世話になりました。あのあと、お医者様から一丁目の菊田様のご親戚の方だとお伺いしたものですから、先日お訪ねしてそちら様のことを教えていただきました」

 常磐は婉然と微笑み、頭を下げた。

「いえ。お役に立ったのならなによりです。わざわざご丁寧に恐縮です」

 少し声がうわずった。

「わたしびっくりしました。その方が内山空也先生のお嬢様だと聞きまして。わたし、前から先生のお書きになった本は全部読ませていただいているんです。連載小説も毎日読んでいます」

「それは、どうも」

 空也は照れた。

 それからあれこれと話があったが、常磐の語り方は婉然とした微笑みから予測されたものとはちがい、空也の好きなはきとした物言いだった。

「それで、今お嬢様は・・・」

「いや。あれはシズというのですが、ここにはおりません。ここはわたしの仕事場でして、近所なんですが、わたしとトオルがふたりで暮らしているんです。娘にはお電話をいただいたことをわたしからいっておきます。今日も夕方になればちゃっかり飯を食いにこちらにくる筈ですから」

 まあ、おほほほほ。

「わたしと同じですわ。夫が口うるさいものですから、わたしもマチとふたりで暮らしているんです」

 常磐はそういって笑った。

「そうですか。トオル。こちらにきてご挨拶をしなさい」

 トオルが傍に来ると、画面の向こうにもマチが現れた。なるほどシズのいうとおり絵に描いたような美少女である。常磐深雪の趣味なのだろう。

「トオル君。こんにちわ」

「こんにちわ」

 ロボどうしの挨拶を初めてみた。

「トオル君。このまえはありがとう」

「どういたしまして」

 空也は、その応対を興味深くみていたがふたりの会話はそれで終わった。人間とはそこがちがう。

「マチ。お姉さんのことをお尋ねしたらどう?」

「はい。トオル君、富田先生によく似たお姉さんはトオル君のお姉さんなの?」

「そうだよ」

 他にどういう会話が出るかと空也はまたしても興味津々として見守っていたが、話はそこで終わったようである。人間とはそこがちがう。

「それでは失礼します」

 トオルは頭を下げてカメラの枠から出てしまった。

「マチももういいわ。内山先生。わたし、実は絵を描くのを仕事にしておりまして、ちょっとお待ちいただけますか」

 常磐は画面から少し出たが、すぐに一冊の画集を手にして現れた。

 あ。

 空也は声を出した。

「あ、存じ上げておりますよ」

 深雪は今度は少女のようにはにかみをみせて微笑んだ。

 常磐深雪は日本画家である。数ヶ月前に出版した「美人・美女」というタイトルの画集が評判になっていることを空也も知っていた。少女から老女まで妖しいまでの徹底した美女を描く。


 その日の夕方、空也が駅前の本屋で常磐深雪の画集を買ってもどってくると、シズがいてトオルとなにやら楽しそうに話を交わしていた。

 いつものように夕食を食べにきたのである。

 シズのやつ、すっかりトオルを手なづけてしまったようだな。

「お父さん。お母さんがあした帰ってくるって」

「なんだ、もう帰ってくるのか」

 仙台に行ったヒロはそのままもう少しゆっくりしてくるのかと思っていた。

「なんとか診療所にはいってみたのかな」

「え?」

「いや、なんでもない」

 シズは怪訝そうな顔をしたが、長谷川医師のヒロへの伝言のことはシズは知らなかった。

「さっき常磐さんから電話が来たんだって? どういう人? あのとき、わたしよく見なかったのよ。画家なんだって? わたし内山さんのファンなんで~す、なんていったそうじゃない?」

 シズが体をくねらせながらいった。

「なんだい、その格好は・・・トオルから聞いたのか」

「わたしが質問したからよ」

「どんな質問だ?」

「お父さんに電話がこなかった、と」

 シズは小野からのを期待したのだが・・・

「なんだ。プライバシーの侵害だぞ。いくら父娘だからって」

「あら、なあに、顔が赤い」

「馬鹿。そんなわけない」

「わたしの質問だから、トオルはお父さんの不利益にはならないと判断したんでしょう。トオル、あんたは正しい。わたしに語ったことで、お父さんが不利益になるなんてことは絶対にないからね」

「はい。そう判断しました。お父さん。いけなかったでしょうか」

「いや・・・いや、そんなことはないよ。シズのいうとおりだ」

 ね。

 シズは勝ち誇ったようにいった。トオルはふたりの顔を交互にみたが心なしか心配げに見えた。シズは右手の指輪を押した。

「トオル。そのお魚のお煮付け、大きい方をわたしにね。娘の健康と幸せはお父さんの一番の利益なのよ。そうよね、お父さん」

「まあな」

 一番ではないが、ややこしいことはいわんで欲しい。

 シズは食事の後、

「あした、お母さんと一緒に来るので、トオルちゃん、夕食をお願いね」

 と都合のいいことを言って帰った。


 空也は画集を見た。

 うまいものだな。

 トオルに絵を描かせてみようか。しかし、どんな絵でもいいよ、というのはまずい・・・壁の時計を描けというか。しかし写真で撮ったように描くだろう。そうだ、あのシンジが歌った赤とんぼも、ある童謡歌手のホットコピーだと誰かがいったな。いわゆる個性はまだロボにはないんだな。

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