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トオル号四話 一号ロボ  作者: 伊藤むねお
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縄文火おこし

 今日、縄文公園のイベント広場では、春休みを利用したこども達のための縄文体験の催しをやっていた。参加者は大人も子どもも手作りの古代の衣装に勾玉を連ねた首飾りなどで装い、粘土をこねて土器造りをしたり、木と木をこすり合わせる火熾しなどに興じている。トオルはそれらを黙って見守っているが、その表情が微妙に変わって行くのに空也は気がついた。

 決して気のせいではない。


 そのことは受け渡し研修のときにインストラクターから、こう教わっている。

「みなさんがロボを連れてどこかの祭りに行ったとします。浅草祭りとしましょうか」

 ロボは周囲をみます。それもかなり頻繁に。見方によっては、きょろきょろともの珍しげにしている、とも見えます。しかし、それをもって、(はあ、こどもなんだなあ。楽しいのだろう)と受け取っては間違いです。A型AF型が人間の少年少女に酷似しているために陥る、みなさん方の錯覚です。では、なぜきょろきょろ見るか?

「ロボには厳然とした目的があるのです。ひとつはそのような混雑した場所ですから、安全保護のために、みなさんと自分のです。見る聞くという仕事に集中します。環境が複雑で動くモノ、たいていは人間ですが、その数も大変多いです。それがひとつ。もうひとつは知識の積み上げのためです。そこで得られた知識がネクストチャンスでものをいうからです。お迷いになることがありましたら、いつでも、ロボに心はない、ということを思い出してください。わあい、御輿がくるぞう、とはしゃいでいるのでは決してありません」

 心がなければ表情は要らないのではないかと誰かが質問した。インストラクターは待ってましたというように微笑んだ。

「いいえ。必要なんですよ。たとえば、緊急事態をマスターに告げる場合があります」

 そうだ。言葉よりも表情の切迫感がより強いインパクトを持つ場合がある。人間はそれをみることによって事態の軽重をより瞬時に判断することができるのだ。

「また、小さな子どもや病人、老人に接する場合はわずかでも微笑みます。なぜなら指示された目的をより完全に遂行するためにはそれがマッチベターだからです」

 常に目的がある、か。でも、すべての動作に目的があるのは人間だってそうだろう。ただ、自分でもどういう目的かはっきりとわからないだけなんだ・・・。


 ロボに心はあるか。

 このことは人々の関心の中でも最たるものだ。すべてがこれに集約されていっているといってもいい。プレゼン直後、メディアは雪崩のような勢いでソミック社に押しかけた。

「心はありません」

 広報マンの答えは微笑みを保ちつつもにべもないものであった。

「しかし、心がなければ人間への奉仕はできないという識者の主張がありますが」

「その方が奉仕をどのように定義づけられているのがわかりませんが、義務とか目的とかがあれば出来るのじゃありませんか。わたしだって今こうやって皆さんに奉仕しているつもりですよ。目的は給料のためにね。ま、皆さんもご購入をなさって直接体験をしてみてくださいな」

「富田さんを出してくださいよ」

「富田は多忙です」

 富田十紀子は決してメディアの前には姿を現さず、住まいも明らかにされなかった。ソミック社の広大な敷地の中に大きなマンションがあるから、そこに居住しているのだろうとメディア関係者は推測していた。

 そもそも心とはなんぞや。

 世人はこういい、町には哲学者が溢れた。しかし、ロボの数はまだまだ少ない上に、発売後、心が無い(らしい)ことによるロボの事故や具体的な不満がほとんど報告されなかったため、休憩時間に入ったかのようにその争鳴は止んでしまった。

 止まないのはロボ、とくにA形ロボを家族に加えた一握りの人たちだけだった。

 心なあ・・・。

 空也はその一握りの人である。


 心とは記号を計算する機械である・・・俺も色々読んでみたが、一番わかりにくいのがこの説明だった。こういうのは止めてシンプルに同情心で考えてみよう。

 道ばたで寒さに震えているマッチ売りの少女がいて、俺が通りかかる。可哀想にと思う。・・・本当に思うかな。よくみたら可愛い顔立ちの子だったのでそう思うだけかもな、助平心を起こして。ん? 助平心・・・これにも心が付くなあ、一応。それなら助平心を仮に擬似的にセットすればどうだろう・・・いやいや、そうすると厄介だから、その女の子は、可愛いくはないが可愛くなくもない程度の子だったとしよう。で・・・可哀想と思うか? ・・・思う、としよう。しかし、思うだけなら、仮にそれが心というものであっても第三者が見ればロボと同じだ。そこからある行為をおこせば初めてロボとの違いとなるわけだ。そこで俺はマッチを買う。お金を渡し、少女は凍えた手で俺にマッチを乗せ、ありがとうございますと、か細い声でいう。

 あ、ロボはどの道、自分の金がないから買えないか。どうも例がよくないな。そういえばお小遣いをもらったのが原因でフリーズしたロボの話が掲示板に出てたな。

 トオルはどうだろう。俺の顔を見るな。この前、目の前で三才ほどの子どもが転んだときも、すぐには助け起こさずに俺の顔を見たものな。あれは、あれで正解なのだ。

 どうにもとりとめがない。


 厳然たる目的か。そうだ。やらせてみるか。俺にそういわれた時のためにじっと観察しているのかもしれないものな。

「トオルも火を熾してみるか」

「はい」


 空也は世話役らしい男に頼んでみた。

「それは面白いですね」

 現代科学の粋ともいえるロボが、縄文時代の用具に挑戦すると知って世話役は声を上げて喜び、二つ返事で承諾してくれた。おまけに拡声器でそれを園内に告げたものだから、あっというまに公園中の人間が集まり、トオルと空也を十重二十重に取り囲んでしまった。

 思わぬ騒ぎになったことで、空也は上気してしまったがトオルはいつもと少しも変わらなかった。

 靴を脱いでシートの上であぐらをかき、毎日それを使って火を熾してでもいるかのように、手慣れた仕草であっというまに火を熾してしまった。

 おおう、というどよめきと拍手の中でトオルは用具を返すとぺこりとお辞儀をした。また拍手があがった。空也は自分がほめられたかのようにいい気分だった。

 端的にいえば、トオルは人並み(?)外れて器用である。空也はその理由のひとつを考えついている。ロボは左右両利きだから、というものである。

 人類の90%は右利きだという。右利きということは左が利かないということだ。力と器用さを総合した能力は、利き腕の60%くらいの能力ではないか。腕だけではない。足もある。射撃の本によれば利き目というのもあるらしい。

 足は、普段はだれも意識はしていないが、例えば歩いていて水たまりをみつけたとする。小さなものなら跨げばいいし、大きなものなら迂回するだろう。しかし、その中間の飛び越せる程度の水たまりの場合はどうか。個人差はあるが、空也の場合は左足が利き足だから踏み切るときに左足が来るように歩幅を調節する。

 成人するに従い人は無意識のうちに歩幅を調整して利き足を合わせるが、稀には寸前で踏み換えねばならないこともある。とととと、と詰まって、たまには靴先を濡らしてしまうこともある。この時に左右選択が不要であればこれはかなりのアドバンテージがあるのではないか。


 右左なあ・・・空也は思い出した。10年ほど前、電車に乗ったときの話である。つり革に掴まって立っていると、目の前に座席にかけている女性が小さいノートを鞄の上に置いてすらすらと絵を描いた。上手なイラストだ。おどろいたことに、女性は左に持ちかえまたもすらすらと描いた。葉がひらひらと落ちる様を描いたのだ。漫画家かイラストレーターかアニメを描く人か。凄い。

 空也は字は上手だが、絵はへただ。

 縄文公園からもどった空也はトオルに字を書かせてみよう。これまで書かせたことがなかったのだ。

「トオル。倚子に架けて字を書いてみて」

「・・・はい」

 一瞬、遅れた感じがあったが・・・

 用紙をだして机に置いた。

「内山トオル、と書きなさい。このぺんで」

 トオルはすこし緊張したようにみえた。シズが居たら指輪を押すだろう。

 トオルは筆を掴んだ。空也から学んだのだろう。よい握りだった。料理を作るときは箸をつかうから、それも学習能力になったのか。

 内山トオル

 俺の字とよく似ている。書き順も同じだ・・・しかし線が少し震えている。

「うまいな。もういちど」

 内山トオル

 ほ、震えが治ったよ。

「もういちど」

 おお、すらすら書けたよ。

「うまいぞトオル。左手でペンを一本握って、両手一緒に内山トオルと書いてごらん」

 同じタイミングで同じ字を書いた。

「おお、うまい」

 やはりな。

「一秒ほど早く」

 おお、おお。

 空也は満足した。


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