事の発端
思春期男子におけるよくある勘違い。女子高は誰もが望む理想郷。
遡ること去年の夏休み明け。大体のクラスメイトは志望校を定め、少しずつ受験勉強にシフトする頃。桐谷 剛士は未だに志望校が決まらずに一人悩んでいた。
「なぁ剛士。お前高校どこ行くんだよ?」
そんな風に訊いてくるのは智というクラスメイトだ。彼とは小学校からの付き合いだが俺よりもはるかに成績が良く、そのせいでもあるが最近ではやれ受験だやれ勉強だと躍起になり、徐々に関係が希薄化している。
俺はそんな智の言葉などどこ吹く風で、ライトノベルに耽っていた。
「あ? うーん、そうだなぁ……。受験ねぇー。どこにしよっかなぁ」
もうこのままどうにでもなれ。そんな風にしか考えていなかった。第一俺は束縛されるのが道端のゲロ並みに嫌いだ。受験なんて糞くらえ。
俺の生返事が頭にきたのか、智は俺からラノベをひったくって鬼のような形相でこう告げた。
「お前はそんな風にいってるけどな。お前がこのままニートになることには誰も賛成してねぇんだよ」
誰もニートになるとは言っていないだろう。そう反論しようとしたが、口から出てきたのは別の言葉だった。
「でも俺が受験に臨まなかったら、お前ら受験楽になるぞ?」
「たかがお前一人の有無なんて倍率にはこれっぽっちも響かねぇよ!」
堪忍袋の緒が切れ、智は怒鳴った。始まった。俺は彼をからかうのが好きなのだ。頭では勝てなくとも、舌の方は中々の饒舌で屁理屈、揚げ足取りなら絶対に負けない自信があった。
「えぇ、じゃあどうする? 丹田高校にする? それはやだよぉ。だってあそこ治安悪いじゃん? 俺みたいな貧弱者は奴隷にされて終わりさ」
煽るようにそう答えた。すると智は高校のリストをパラパラめくり別の高校を指した。
「そこもなぁ……。だって制服ダセェじゃん? あと校舎きたねぇじゃん? ゴキブリ出るらしいぜ?」
再び別の学校を提案する。なんだかんだ言って彼は人情に厚い男なのだ。やめればいいものを智はまるで自分の事のように俺に接する。実際こうまでされると多少心が痛む。
「えぇ……。そこは頭的にちょっと無理だわ」
こんなやり取りを数回繰り返し、遂に智はリストを机に置き深くため息を吐いた。
「お前……、何処にも行く気ないだろ」
「バレた?」
ふざけた返答に智は舌打ちこそしたが、反撃はしなかった。
「はぁ……、お前の理想って何?」
智はやり方を変え、今度は俺にそう訊ねた。俺は智の左手にあるラノベを奪い(元々俺の物だが)彼の目の前に突き付けた。
「俺が唯一望むもの。……それはハーレムだ!」
「は?」
「高校といったら恋愛! でもただの恋愛じゃあつまらない。より取り見取りの女の子たちに囲まれながら選りすぐりの美少女を抜擢する! これこそ、漢のロマンだろ!!」
フンッ! と思い切り鼻から息を吐いたあと、俺は萎むように机に突っ伏し、
「でもそんなこと無理に決まってる。だってそんな夢みたいな場所あるわけないし、そもそも俺そのラノベの主人公みたいに平常心保てねえよ。童貞だもん」
泣き言をいって自滅した。
馬鹿にするなら思う存分馬鹿にしてくれ。非常な現実を目の当たりにした今の俺には、いかなる罵倒も通用しないさ。
しかし智は、とんでもない事を言い始めた。
「じゃあお前、女装でもして女子高にでも行けば?」
「え…………?」
「冗談だよ。つーか察しろよ。そんなこと無理だって……」
「お前天才かよ!! ……そうか、その手があったか! 俺女子高行くわ。女装して」
女子高。男子禁制のその空間はまさに男の求めるユートピアだ。なぜ今までそれに気づかなかったのか。
いや何言ってんだと智は言おうとしたが、彼は口をつぐんだ。恐らく去年のクリスマスの事を思い出している事だろう。
以前、クラスの女子から制服を借りて女装をしたことがある。その時の評判が余りにもよく、性転換でもした方が良いのではと言われるほどだった。
それでも智は頭をブンブンと振り、何言ってんだよと問う。
「いやぁ、ちょっとマジでいいかもしれない。だって、行ける気するもん俺。決めたわそーする」
これからまた少しいざこざがあったが、ここでは省略する。
取り敢えず、これが全ての経緯である。反省どころか後悔もしていない。あるのは神への感謝のみ。
誰か俺を止めてくれ……。