その女、葉摘結衣
「間も無く、うずしお丸は出航いたします。
波の影響で船体が大きく揺れることが…」
いよいよか…。
3日前にあのバイト募集の紙をみて
すぐに電話した。
3か月という長期間のバイトだが
食事も風呂も寝床もついてるなら
どこだっていい。おまけに80万も
もらえるんだしな。
内心ワクワクしている善希とその他
バイトに参加する人々を乗せて
うずしお丸は出航した。
今回のバイトには約150名が参加していて
見た目はインテリ風のお兄さんから
ゴリラが何かの手違いで人間になりすました
かのような顔のおじさんまで…
とにかく色んな人が参加している。
島までの旅程日数にして2日で
日本の領海ギリギリの場所にある。
かなり離れているため
本土からの便は2日に1度のみである。
逆になんでそんな辺鄙なとこにテーマパーク?
善希は疑問に思ったが、2日という長い船旅を
満喫するため船内を見て回ることにした。
船内は設備が充実しており
高級レストランにゲームセンター。
おまけに温泉やショップまで
生活に必要なものが全て揃うようになっている。
しかもその設備はバイト参加の人は
タダで使用できるのだ。
だが、善希には服にもゲームにも興味がなく
ただただ店をみて歩くだけだった。
あまりにも暇になったので夜風に当たろうと
デッキへと出た。
やはり太平洋、周りには何も無く
船が波をかき分けて進む音しか聞こえない。
西の方向にはわずかながら明かりが見える。
おそらく四国だろうか。
四国には俺の両親の墓がある。
物心ついたときには俺のそばには
ばあちゃんしかいなかったから
詳しくはわからないけど
俺が産まれてからすぐに母さんは
死んだ。元々体が弱かったらしく
俺を産むのもそれこそ命懸けだった。
学者だった父さんは
大好きな研究を辞めて、
俺を何不自由なく育てるため
毎日、1日中働いた。
でもある日父さんは急に消えた。
ポツリと。神隠しにでもあったみたいに。
周りの大人は父さんが死んだと決めつけて
勝手に墓をたてたけど
でも俺はまだ父さんが生きていると
信じてる。一目でいいから会いたい。
そう思っていると、急にカメラの
シャッターを切る音がし、フラッシュの光も
見えた。それが自分に向けられたものだと
確信して横を向いた。
女の人だ。
セミロングの茶髪に白いパーカーと赤い
スカートを履いた女の人。
背は俺の胸の高さくらいで
おれが180センチあるから155センチくらいかな
顔立ちは美人て程でもないけど
不美人てわけでもない。
俺のほうにちょこちょこと小走りで近づいてきて
話し始めた。
「ごめんなさい、急に写真撮っちゃって
ちょっと仕事で…。」
「いや、構わないですけど…。
カメラマンの人ですか?」
「いえ、一応学者なんです。あ、動物の。」
一応ってとこが気になったが流す。
「動物?なんで動物の学者さんがテーマパークの
開発に携わってるんです?
動物園でもテーマパークに導入するんですか?」
「え、知らないんですか?今回のテーマパークを
建造する島には未知の生物達がいるみたいで
それの調査も兼ねてるんですよ?
だから私達動物学者も呼ばれたわけです。」
「へえ…。全然知らなかったな。というか
知らされてないんですけど。俺バイトなんで。」
「そうなんですか…。でも大丈夫ですよ!
凄く良い所だと聞いているので楽しく
働けると思います!」
満面の笑みで話す彼女は楽しそうで
気品があった。そこから10分くらい
話した。いろんなことを。
俺はいつの間にか彼女ともっと話したいと
思うようになってた。
そんな時彼女の携帯からエレクトーンの
メロディが流れてきた。電話らしい。
「あ、すみません…ちょっと。
はい、もしもし…」
電話越しの相手と話し始めた彼女はなぜか
ひたすら謝ってた。なにかミスでもしたのか?
誰もいないというのに頭を下げている。
そして説教らしき通話が終わるとこう言った。
「ごめんなさい。私すぐに上司のとこへ
行かないといけないんです。」
「そうですか。お話しできて楽しかったです。
また話しましょうね!」
「はい!じゃあまた!」
そう言って小走りで去っていく彼女をみて
急に聞きたくなった。いや、口が
勝手に動いてた。
「あの!名前教えてください!」
彼女は急に呼び止められて驚いていたが
「葉摘結衣です!」
と返してくれた。それこそ満面の笑みで。
そしてまた小走りで去って行った。
彼女の姿が見えなくなると俺は
再び何も無い海を眺めた。
彼女の笑顔が頭に焼き付いて離れなくなった。
「葉摘結衣さん…か。」
俺の頭の中にその名は
深く刻まれた。
何か、おれの運命が大きく
変わる気がした。