騙し討ちではなく戦略的奇襲
マーチャント商会や騎士団には(少なくとも目に見える範囲内では)押されっぱなしだったけど、今や、確実に流れが変りつつあるようだ。そろそろ反撃に移るべき時かもしれない。
わたしは切り刻まれたラードと元メイド長の死体に群がるブタの群れを横目に眺めながら、
「ドーン、猟犬隊で動員できるのはどれくらい?」
「実は、宝石産出地帯に増援部隊を派遣したこともあり、現在のところ、2000人程度です」
「少ないわね…… それじゃ、メアリー、親衛隊は?」
「全員で119人です。命令があれば、いつでも出られますが……」
こちらの兵力は、猟犬隊と親衛隊(メアリー、マリア含めて)にプラスして、隻眼の黒龍とダーク・エルフ30人。ようやく弱みを握ることのできた騎士団はともかく、単純にあるいは算術的に数的優位性を考慮すれば、マーチャント商会のドワーフ傭兵に正面から正々堂々と戦いを挑むのは得策ではないように思う。
ガイウスも同意見のようで、
「ドワーフの身体能力はあなどれない。生来的に士気が低く、弱い者に対してだけムチャクチャ強いゴブリンやオークとは違うよ。それに、傭兵は戦争のプロフェッショナルだから」
ガイウスは、非合法活動の中で、ドワーフ傭兵と戦った経験があるのだろうか。
「ねえ、ガイウス、何か、いい考えはあるかしら?」
「いや、特にない」
なんとも素っ気ない返事……
ダーク・エルフが味方についてくれたとはいえ、こちらが有利になったとまで言い難い状況。無理矢理攻撃を加えても、こちらの被害が大きくなるだけだろう。ということは……
「決めたわ」
「はい? カトリーナ様、一体、何を??」
ドーンはわたしの顔をのぞきこんだ。
「交渉に応じましょう。マーチャント商会と騎士団には、『要求を呑む用意がある』と伝えるのよ」
「えっ!? そっ、それは、一体???」
「もちろん、本当に要求を呑むわけがないわ。降参したと見せかけて、油断させてからやっつける」
マーチャント商会も騎士団も、多分、ダーク・エルフの増援のことは知らない。彼らの目には、こちらは町を完全に包囲されてアップアップの状態と映っているはず。「要求を呑む」と言えば、勝ったつもりで話に乗ってくるのではないか。しかも、もともと本気で戦う気はなかった連中だから、こちらが弱気の姿勢を見せれば安心し、多少、気も緩むだろう。
でも、ドーンは少し不満げに、
「それは、しかし…… いわゆるひとつの『騙し討ち』というものでは?」
「『戦略的奇襲』と言ってもらいたいわ」




