久々の執務室
わたしは荷物を片付け、いつもの作業服(つまりメイド服)を着て執務室の椅子に腰を下ろした。カギを何重にもかけていたので開けるのが面倒だったけど、そのかいあってか、部屋の中は出発したときのままだ。
プチドラは机の上でストレッチをしながら、
「話がややこしくなってきたけど、どうするの?」
「決まってるでしょ。要求は突っぱねるわ。騎士団って名前ばかりで、ほとんど役に立っていないんだから。でも、どうして、今になって古い話を蒸し返すのかしら」
「さっきも『談合』とか言ってたけど、宝石産業が往時の勢いを取り戻しつつあるからじゃないかな。国内も安定してきたことだし、この辺りで自分たちもその分け前にあずかりたいと思ったのかも」
本当は、騎士団を解散して騎士を全員解雇したいところだけど、ポット大臣によれば、「帝国の法に照らせば、解雇は領主と騎士との契約の解除が法的に正当化されるかどうかの問題であり、領主による一方的な解雇は原則として(ほぼ絶対に)あり得ない」とのこと。いまいましいけど、これが法ならば仕方がない。
「働かないくせに、要求だけは一人前ね」
わたしは、ふと、つぶやいた。要求書の次は、おそらく団体交渉を求めてくるだろう。
ただ、騎士会が要求している宝石産出量の55%を支払うことで、騎士団が完全にわたしに従属する奴隷になるというのであれば、新たに傭兵を雇い入れるよりもリーズナブルかもしれないが。
わたしはプチドラを抱いてポット大臣の事務室に向かった。何はともあれ、何をするにつけても、お財布との相談だから。
大臣は、わたしを見るなり、床に頭を擦りつけ、
「カトリーナ様、これからは心を入れ替えて働きます。どうか、お許しを」
「さっきのことは、もういいわ。それよりも、会計関係の書類や帳簿を見せてよ」
すると大臣は、ホッと胸をなぜ下ろし、
「会計関係とおっしゃいましても、いろいろとございますが、どのようなものをお求めでしょうか?」
「とりあえず全部。あとでいいから、執務室まで運んでね。念のために言っておくけど、全部よ。もし、漏れがあったら、その時はどうなるか、分かってるでしょうね」
わたしがポット大臣の襟首をつかんですごむと(迫力はないと思うけど)、ポット大臣は「ヒィー」と鳥のような声を上げ、その場にひれ伏した。
「そのようなことは、天地神明に誓って、絶対に、いたしません。どうか、お許しを」
執務室に戻ると、ドアの前では、
「カトリーナ様、お帰りなさいませ。お元気そうでなによりです。今しがた、エレン殿が教えてくれましてね。いやあ、ははは、カトリーナ様は本当にお変わりなく……」
久々の猟犬隊長、アーサー・ドーンが待っていた。ドーンも相変わらずのようだ。