帝都を発つ日
多少のハプニングはあったが、ともかく、マーチャント商会に絶縁状を手渡すことができた。残念ながら、会長は所用で本社にいないということだけど、それは仕方がない。いずれにせよ、今後は、マーチャント商会の隊商がウェルシーにやって来たとしても、追い返すだけだ。
なお、グレートガーデンでメイド長をしていた受付嬢は、マリアに逃げられたことに加え、火災が発生したことの責任を問われ、解雇だけは免れたものの、本社の受付嬢に降格され、給料も大幅に(役職に見合ったものに)減額されたとか。民間企業だけあってシビアなのね。
こうして、帝都での用は済み、わたしは国に帰ることにした。一応、帝国宰相に挨拶をすると、
「なにっ!? もう、国に帰ると? それは残念じゃな。う~む……」
これは、多分、本心だろう。ツンドラ候と手を組むという、言わば「外交革命」によって、帝都の政治地図は大きく塗り替えられ、帝国宰相にとっては、これからが腕の見せどころ。反対派を追い落とし、裏切者のドラゴニア候を処分しなければならない。わたしだけでは大して役に立たないとしても、ツンドラ候とのセットでなら、客観的に見ても、それなりに使い道はあると思う。
とはいえ、国をいつまでも留守にするわけにはいかないし、総合商社の開業も近い。帝国宰相に差し支えのない程度に事情を説明すると、
「そうか、それでは仕方がないな。しかし、遠くにいるとしても、我が娘よ、わしはいつでも、おまえのことを思っておるぞ。困ったことがあれば、相談に来るがいい」
「ありがとうございます。その際には、ひとつ、よろしく」
帝国宰相は、一瞬、「しまった」という顔。しかも二重の意味で。「困ったことがあれば云々」は、宰相にしては珍しいミスで、本来はこんなに簡単に安請け合いしてはいけないはずだ。さらに、「しまった」と顔に出したのが、第二のミス。やはりポーカーフェースが基本だろう。
そして、宮殿の中庭にて……
「それでは、気をつけてな」
「帝国宰相こそ、お体を大切になさってください」
帝国宰相は残念そうに、隻眼の黒龍に乗ったわたしを見上げている。
「ウェルシー伯、今度は、俺様が取って置きのゲテモンを食わしてやるぞ」
「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで……」
宰相の「兄貴分」になったツンドラ候が、大声で言った。兄貴分というより、サーカスで芸を披露する猛獣のような感じもする。そうすると、帝国宰相は猛獣使い、ニューバーグ男爵は、さしずめ、サーカスの経理担当者だろうか。男爵は、今では、ツンドラ候を操る帝国宰相に便利に使われているらしい。
「マスター、行くよ」
隻眼の黒龍は、巨大なコウモリの翼を大きく広げ、宙に舞った。




