ゲストは確保
帝国宰相にしては珍しいこともあるもので、若干、困惑しているようだ。いきなり、今まで敵同士だったツンドラ候との晩餐会の話を持ち出されたので、にわかには状況を理解しがたいのだろう。
「他意はないのです。わたしとしましては、帝国宰相には、ツンドラ候と仲良くなっていただきたく……」
「なに? 『仲良く』だと? あのツンドラ候と? おまえ、本気で言っておるのか?」
帝国宰相は、疑い一杯の目でわたしを見つめた。
「悪い話ではないはずです。ツンドラ候は、あのとおりの人ですから、優しい言葉をかけておだて上げれば、すぐに帝国宰相になびくでしょう。ツンドラ候の政治的影響力や軍事力などを考えれば、味方にしておいて損はないと思いますよ」
「むむむ…… 確かにおまえの言うとおり、ツンドラ候自身は、どうしようもない単純バカじゃが……」
帝国宰相は腕を組み、眉間にしわを寄せて「うーん」と唸った。せいぜい考えるがいい。わたしを信用できないなら、それも構わない。でも、政治的に苦しい今、逆転を狙って勝負をかけるとすれば、選択肢は一つ。
「うむ、分かった。実は、わしもツンドラ候の武勇には惚れ込んでおったのじゃ。あの男と親しく付き合うことができるとすれば、それは願ってもないこと。ツンドラ候によろしく伝えてもらいたい」
帝国宰相は両手でわたしの手を握り、深々と頭を下げた。先刻の不信感に満ちた表情はどこに行ったのやら。このような変わり身の早さ、好意的に言えば頭の切り替えの早さが出世の秘訣かもしれない。
「では、今晩はよろしく頼むぞ」
と、帝国宰相。珍しく……というか、こんなことは初めてだけど、宮殿の玄関まで見送りに出てくれた。
「お任せ下さい。きっと、うまくいきますよ」
帝国宰相とは別れ際に何度も握手し、わたしは馬車に乗り込んだ。これでゲストの一方は確保。でも、帝国宰相には、肝心なことを言い忘れていたような……
「マスター、ちょっぴり心配になってきたんだけど、帝国宰相はあのことを知ってるんだろうか……」
プチドラも同じことを考えていたようだ。ツンドラ候が無類のゲテモン好きということを、帝国宰相は知らないかもしれない。しかも、ゲテモン料理に初挑戦がブラックスライムとトログロダイトでは、老人には刺激が強すぎるような気もするが、
「どうかしら。でも、気合と根性で、なんとかなるんじゃない?」
根拠があるわけではないが、「権力の鬼」のような帝国宰相のことだから、多分、大丈夫だろう。
「ところで、マスター、帝国宰相は話に乗ってくれたけど、ツンドラ候はどうするの? あの人自身は『単細胞』だけど、ニューバーグ男爵は常識人だから」
「ツンドラ候のことだから、ブラックスライムとトログロダイトと言えば、多分、目の色を変えて、いざとなれば、ニューバーグ男爵を殴り殺してでも来ると思うわ」




