人気者のツンドラ候
ツンドラ候は額の汗をぬぐい、
「ウェルシー伯、この前は突然いなくなってしまったが、今日はまた、妙なところで会ったもんだな」
「ええ、このところ、急用で国に戻ったり、またまた帝都に出てきたりといろいろなことがありまして、挨拶に伺う余裕もなく、失礼いたしました」
ニューバーグ男爵はせわしなく、ツンドラ候の背後を行ったり来たりしていたが、
「お話中のところ申し訳ございませんが、ツンドラ候、予定の時刻は過ぎているのですぞ」
「固いこと言うなよ。既に遅れているのだ。10分遅れようが、60分遅れようが、大した違いはないだろう」
ツンドラ候は、一向に意に介さない。
「そうだ、ウェルシー伯、今日の夜は、いつものゲテモン屋に行こうぜ。このところ、いろんなところに呼ばれて、上品なものばかり食わされているからな。やはりゲテモンこそ最強!!!」
予想していたとおり…… わたしの顔は蒼ざめ、プチドラはブルブルと震えた。
しかし、ニューバーグ男爵が両腕で「×」印を作ってダメ出しし、
「いえ、ツンドラ候、今晩は既に予定が入っておりますぞ。ウェストゲート公の館で晩餐会です。ちなみに明日はアート公、その次はサムストック公、更にその次は……(以下、略)…… 早い話、この先1ヶ月ばかりは予定が詰まっているのですぞ」
「なっ、なに!? そんなに先までも!? ということは、この先1ヶ月はゲテモンを食えないのか?」
ツンドラ候は力を失って、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「そうです。しかし、とにかく今は、もっと重要なことがあるはずで……」
ニューバーグ男爵は、わたしに一礼すると、ツンドラ候の腕を引っ張って去っていった。
わたしはプチドラと顔を見合わせ、ホッと一息、
「一瞬、どうなることかと思ったけど、助かったわ」
「そうだね。でも、毎日晩餐会なんて、ツンドラ候は人気者なんだね」
「そりゃ、そうでしょ。一応、あれでも派閥のボスなんだから……」
帝国宰相に往時の勢いがなくなり、ドラゴニア候も領地に引きこもってしまったのだから、ツンドラ候としては、誰か適当な皇族を担いで皇帝に立てれば万事OK。普通なら、そうするだろう。でも、あの人は「単細胞」だから……
ウェストゲート公とかアート公とかサムストック公とか、皇帝位の有資格者がどのくらいいるのかは知らないが、そういった連中はツンドラ候を利用しようとするだろう。晩餐会に招くのは、多分、そのためで、ツンドラ候を味方にして帝国宰相の追い落としを図り、のみならず、宰相失脚後をにらみ、「自分こそ次の皇帝にふさわしい」とのアピールも兼ねてという、一石二鳥の策。
でも、もし、そうなら……
「プチドラ、気が変わったわ。一度だけ、帝国宰相を助けてあげましょう。ついでにツンドラ候も」




