騎士の要求書
ポット大臣は額の汗をぬぐい、チラチラとエレンに視線を送った。エレンはそれを見て、
「それでは、わたしから概況説明を」
と、どういうわけか、今回はエレンから説明をきくことになった(わたしとしては、どっちでも構わないが)。
話によれば、先ほどの鎧武者は騎士会執行委員長であり、かいつまんで言えば、執行委員長がウェルシーの全騎士を代表して要求書を持参したということらしい。
「要求書? 執行委員長? ネーミングには、なんだか引っかかるものが……」
「その要求書の中身が問題なのよ」
エレンはグイと身を乗り出した。エレンの話によると、騎士会の要求は、「古くからの権利、即ち宝石産出地帯から産出される宝石の55%は騎士の取り分であることを確認したい」ということだったらしい。
「はあ? 『古くからの権利』って、なんのこと???」
いきなりそんなことを言われても、わけが分からない。着任早々の人事担当課長や総務担当課長が、はるか昔の労使合意事項を持ち出されるようなものだ。エレンが軽くポット大臣を小突くと、
「それはですね…… 実は……」
ポット大臣は、苦しそうにうめき声を上げながら説明を始めた。それによると、話は先々代のウェルシー伯が大々的な宝石産出地帯の開発に乗り出した頃にさかのぼる。当時、開発資金が不足していた先々代は、騎士会との間で、①ウェルシー伯は騎士会から開発資金を無利息で借り入れること、②産出された宝石の45%はウェルシー伯が取得し、残る55%は騎士全体の共有となること、③騎士共有分の分配については、騎士会総会でこれを決すること、という契約を結んだ。その契約は先代ウェルシー伯にも受け継がれ、前の混沌の勢力との戦争で宝石産出地帯が占領されるまで続いていた。
「開発資金を供出させるのではなくて、借り入れる? 利息は付かないけど、利益の半分以上は騎士会に渡るって……先々代は、よく、こんな馬鹿みたいな契約を結んだわね」
「つまり、当時はとにかく金がなかったというわけでございます」
「こんな古い契約が今でも生きてるの? それに、混沌の勢力に宝石産出地帯が占領された時点で、契約は消滅しちゃってるんじゃない?」
「いえ、それが微妙なところでして…… ここに契約書が残っていますから、もし、これが有効とされれば……」
ポット大臣は、年代ものの紙の綴りを示した。紛争になれば、帝国の法に則り、最終的には帝国法務院で判断されることになるが、勝てるかどうかは、やってみないと分からないとのこと。
わたしは思わず天を仰いだ。富国強兵のつもりで戻ってきたら、面倒な問題が持ち上がっていたらしい。マーチャント商会への借金を事実上返済し、宝石産業の再生も軌道に乗ってきているというのに、騎士団の連中に足を引っ張られるとは……