営業許可
孤立無援の帝国宰相にとって、たかだか辺境の小国を治める伯爵のわたしでも、味方が誰もいないよりマシだろう。
「わたしは帝国宰相には恩義のある身です。御用があれば、なんなりと、おっしゃってください」
わたしは片膝をついた。すると、帝国宰相は、大いに感じ入ったのか、
「おお、そなたはそこまでもわしを…… そうか、それならば、わしも、少しは頑張らねばならぬな……」
宰相の顔に赤みがさしてきた。ようやく、いつもの調子を取り戻してきたのだろう。
「うむ、今までは、わしも弱気になっていたようじゃ。しかし、そなたが力になってくれるなら、それ以上に心強いことはない。わしも、力の限りのことは、してみよう。そして、この難局を乗り切らねばならぬ」
宰相は顔を上げ、拳を握り締めた。どうやら、やる気が出てきたらしい。ただし、客観的に見れば、わたしの政治力は、まったく期待できないはず。それでも元気が出るくらいなのだから、今までは、精神的にギブアップ寸前の危機的状況に追い詰められていたのだろう。
今や、帝国宰相は力強い声で、
「あまり大きい声では言えぬが、少々、立て込んでおってな…… いずれ、この件が片付けばだが、我が娘よ、おまえには、官位も領地も望むがままじゃ」
わたしの頭の中で、ベートーベン「歓喜の歌」が鳴り響いた。これで、わが事は成ったも同然。
「ありがとうございます。でも、わたしとしては、官位も領地も望んではいないのです。」
「ほっほっほっ、何を言うか? 今更、隠し立てしても無駄じゃ。おまえの腹黒さは知っておるぞ」
あらら、言われちゃったよ…… それはともかく、帝国宰相は鋭い眼光でわたしをにらみつけた。宰相は、先ほどとは打って変わって、以前の雰囲気に戻っている。調子付け過ぎたのだろうか。
「政治的には『終わりに近い』わしに、こうして近づいてくるとは…… おまえは、一体、何を考えておるのじゃ?」
さすがは帝国宰相、洞察力やセンスは超一流。こうなれば仕方ない。素直に喋ってしまおう。多分、悪い結果にはならないと思う。
「率直な話を申し上げますと、早い話が宰相を利用したいと思いまして…… その分、宰相がわたしを利用するのは構わないのですが、要するに……」
わたしは、総合商社を設立したい(そのために営業許可がほしい)旨を話した。この状況で断られることはないと思うけど、予想に反してそうなれば、最初から戦略を練り直さなければならない。
「そうか…… わが娘よ、それがおまえの本当の狙いというわけじゃな」
帝国宰相は、ほんの2、3秒考え、
「はっはっはっ! 分かった。その程度でよければ、くれてやろう。多少、手続に時間がかかるゆえ、明日の午後にでも、許可書を受け取りに来るがよい!!」
と、豪快に笑った。




