元気のない帝国宰相
人間、あまりエラくなるのも考えものだ。もし、エラくなっても以前と変わらず謙虚な心持ちでいられるなら、(稀有な例として)歴史書に記載されるのだろう。ただ、今は、そんなことはどうでもいい。わたしにとっては、弱りきっている帝国宰相から、権力の最後の一滴を搾り出すことが最優先だ。
わたしはプチドラを抱いて、なおも廊下を進んだ。すると、そのかいあってか、やがて廊下の先に、力なくトボトボと歩みを進める老人の姿が目に入った。間違いない、あれは帝国宰相その人。以前より、ひと回りくらい、縮んだように見える。それだけ参っているということだろう。なんだか声をかけるのも悪いような気もするが、こちらにもこちらの事情がある。
わたしはその老人に駆け寄り、
「お久しぶりでございます。随分と、また……」
「うん? おお、おまえは……」
やはり、老人は帝国宰相だった。以前の自信にあふれた姿とは大違いで、一気に10年ほど年をとったような感じがする。
「帝国宰相、なんと言いますか、なんとも言えないと言いますか…… ご心情、お察しいたします」
「なあに、わしも、今になって、ようやく悟ったよ。ふっ…… これも、世の習いじゃな」
見ていると、何やら哀れ。「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し……」と、帝国宰相の脳裏にも無常観が去来しているのかもしれない。でも、ここで完全に参っているようでは、こっちが困る。
わたしは両手で帝国宰相の両肩を揺すぶり、
「しっかりしてください。『負けたと思うまで』は、なんとかなるものです」
「う、うむ……」
「わたしも帝国宰相の温情で諸侯に列せられた身ですから、宰相に元気がなくなれば困るのです。ですから、理屈抜きで、帝国宰相には元気で政務を執っていただかないと」
「おお、そうか…… そなたは、そんなに、わしを……」
帝国宰相は顔を伏せた。感激して涙でも出てきたのだろうか。
「うむ、分かった。このところは…… いや、言うまい。今日は、少し、おまえに元気をもらえたようじゃ」
「気をしっかりお持ち下さい。わたしにできることがあれば、いつでも力になりますから」
「おお、それは、心強い……」
一瞬、帝国宰相の目がキラリと光った。「地獄に仏」とは大袈裟だけど、このところ不調あるいは不運続きの帝国宰相にとって、一筋の光明が見出せたのかもしれない。
「そうか、わが娘よ、おまえは力になってくれると申すか……」
「はい、喜んで」
我ながら、心にもないことを、真顔でよく言えるものだ。感心あるいは自画自賛……




