帝都の政治状況
わたしが紅茶を飲んでいる横で、クラウディアとガイウスが盛んに何か話をしていた。ただ、エルフの言葉で喋っているようで、完全に意味不明。
やがて、ガイウスは、わたしの方を向き、
「つかぬことを聞きたいのだが…… あなたは世界の平安を望んでいるのか、それとも、戦乱か?」
「はあ? いきなり抽象的な質問ね。答えられないわ。一般論としては、自分の利益に適うのが平安なら平安を望むし、戦乱の方が儲かりそうなら戦乱を望むわよ。とりあえず、今は『お金』がすべての世の中だから、そういう世間の趨勢に合わせるだけよ。承服できない人もいるでしょうが、仕方ないでしょ」
「う~む、『お金』がすべてか…… 我々にはサッパリ分からないな」
ガイウスは不思議そうにわたしを見つめた。一般的に、エルフの知的水準はヒューマノイド中では最高レベルに位置付けられてるはずだけど、こういう利害打算の関係は理解しがたいらしい。
ガイウスは、「う~ん」首をひねりつつ、
「我々の目的は『すべてのエルフの母』を救出することだ。そのためなら幾ら払っても構わんと思うが」
「それじゃ、出せるだけ、出してもらおうかしら。でも、今すぐには無理でしょ。帝都が皇帝の後継者争いの戦場になれば、ドサクサに紛れてなんとかなるかもしれないけど」
「いやいや、残念だが、今はその前段階だな。戦争が始まるには、いまひとつ、燃料が足りないようなのだ」
ガイウスの話によれば、皇帝位の跡目をめぐって争いになるかと思ったら、意外にも、これまでのところ、表面上はなんの変化もない。{帝国宰相+ドラゴニア候}VS{ツンドラ候}を軸に、皇族や有力諸侯を巻き込んで動乱が発生することを期待していたのに、現実には、帝国宰相の一人負けに終わりつつあるとのこと。
「『一人負け』って、どういうこと?」
「これまで権勢をほしいままにしてきたから、みんなから相当に反感を買ってたんだろうな」
皇帝の死を契機に(公表されていないが、貴族の間では公然の秘密であり、住民の間でも噂になっている)、今まで冷遇されていた諸侯が反撃を始めた。すなわち、有力諸侯で皇族でもあるアート公、ウェストゲート公、サムストック公などが皇帝の葬儀を早期に行うよう迫り、そればかりか、味方と思っていたドラゴニア候は、病気を理由に領地に引きこもってしまった。このため帝国宰相は孤立無援。「皇帝の死」は「外戚の地位の消滅」を意味するため、公表して葬儀を行うわけにいかず、宰相は二進も三進もいかなくなっていた。
「それじゃ、帝国宰相がクビになって一件落着? 当てが外れたかしら」
危険を冒して皇帝を暗殺しても、何も変わらないのでは意味がない。
しかしガイウスは苦笑しながら、
「いや、宰相が失脚すると、今度こそ本当に皇帝の後継者問題が持ち上がるだろう。後継者争いになれば、帝都での軍事衝突も現実味を帯びてくる。まあ、気長に待つさ」
エルフの寿命は長いだけあって、辛抱がいいようだ。




