ものすごく困難な課題
これで何度目かは忘れてしまったが、例によって、またまた隻眼の黒龍に乗り、空路、帝都に。ただ、総合商社の営業許可をもらえる見通しは立たない。通常なら100%、有り得ない話だろう。でも、皇帝の跡目を巡って暗闘が続いていて、帝国宰相が窮地に陥っているとすれば、宰相を支持するとの交換条件で、ひょっとしたら、なんとかなるかもしれない。分が悪すぎる賭けだけど、仕方がない。
「マスター、飛ぶよ」
隻眼の黒龍の声のトーンも心なしか、いつもより少し沈んでいるような気がする。うまくいかない場合のことを、今から考えておかなければならないかも。
帝都までは、いつものように10日余り。はるか遠くから宮殿の周囲に建てられた4本の尖塔と魔法アカデミーの塔が見える。隻眼の黒龍は、さらに飛行を続け、やがて、帝都の一等地の外れ、わたしの屋敷の中庭に降り立った。
すると、屋敷の中からは、先日、駐在武官として派遣された親衛隊員が武器を持って、「何事か」と屋敷の中から次々に飛び出してきた。しかし、わたしの姿を認めると、全員、すぐに直立不動の姿勢になって、
「失礼いたしました。『ドラゴンが現れた』と使用人どもが騒ぎ出しましたもので……」
「構わないわ。仕事熱心なのは、いいことよ。ところで、このところの帝都はどんな雰囲気?」
尋ねると、髭が立派な親衛隊員のリーダー格の男が、
「はい、表面上は何事もありません。至って平穏無事です」
ここまで言ったところで、男は、わたしの耳元に口を近づけ、小さい声で、
「しかし、住民の間では、『皇帝陛下が既に亡くなられているのではないか』、あるいは、『帝国宰相の悪運も、ついに尽きたか』などの噂が広まっています」
「着任して、それほど日が経っていないのに、なかなかやるわね。これからも、その調子で頼むわ」
わたしは子犬サイズに体を縮めたプチドラを抱き、屋敷の玄関のドアを開けた。ちなみに、使用人一同が勢揃いして出迎えるというマンガのような光景はない。
ただ、執事が大慌てで駆けてきて、
「カトリーナ様、失礼いたしました。しかし、一体、どうなさったのですか? 随分と急なことですが、なんと言いますか、予告もなしにおいでになるとは、事件あるいは一大事でも?」
「事件というほどではないけど、早い話、お金が絡む話だから。昔から言うでしょ、『時は金なり』って」
わたしは適当に執事をあしらって、自室に向かった。皇帝の死亡から、しばらく月日が流れている。帝国宰相のことまで噂にまでなっているとは、そろそろ隠しきれなくなってきたのだろう。宮殿内でどんな具合に事が動いているのかは分からないが、帝国宰相の窮迫につけこんで営業許可をもらうという苦し紛れの選択肢も、まんざら、絵空事でもなさそうだ。




