ただいま
「アイタタタ……」
「ああ、これは、とんだご無礼をいたしました。お許しを」
鎧武者(ほぼ完全武装の騎士、ただし兜をかぶっていない)は手を差し出した。見たところ、髪に白いものが混じり始めた中年のオヤジのようだ。
尻餅のせいで気分を害していたわたしは、その申し出を辞退して一人で起き上がり、
「見かけない顔ね。あんた、何者???」
「ははは…… 私をご存知ないとは、我が家名も落ちぶれたものですな」
鎧武者は、わたしに深々と頭を下げ、立ち去った。敬意を払っている格好だけど、内心では軽く見られているみたいで、なんとなく不愉快。慇懃無礼とは、このオヤジのことを言うのだろう。
やがて、再び応接室のドアが開く。出てきたのは、難しい顔をしたエレンと両手に書類を抱えたポット大臣だった。
「ただいま。たった今、戻ったよ」
すると、二人ともきょとんとして、言わばフリーズ状態。事態をよく飲み込めていないようだ。
そのままの状態で、少し間をおいてから、
「……あっ!? ああっ、カトリーナさん! ごめんなさい、気がつかなくて」
エレンはあたふたとわたしのもとに駆け寄った。その際、持っていた書類が廊下に散らばってしまったが、相変わらず、エレンはリアクションが大きい。
わたしはとりあえず応接室に入ってソファに座り、机の上にエレンへのおみやげを積み上げた。歴史書を中心として、難解な専門書が10冊程度。帝都大図書館で書き写したものだ。
「ごめんね、エレン。向こうではいろいろとあって、今回はこれだけなの」
「ううん、これだけあれば十分よ。ありがとう。でも、次にまた帝都に行く機会があれば、お願いね」
エレンはわたしに紅茶を注いで言った。エレンには、今後も引き続き、便利に使われるようだ。
「お戻りになるなら、事前にお知らせいただければ、お迎えに参上しましたのに」
ポット大臣は決まりが悪そうに、薄くなった頭に手をやった。
「そうしようかとも思ったんだけどね…… 帝都から使いを出しても、途中で追い抜いていきそうだから。この世界でドラゴンの飛行速度に及ぶものはないでしょ」
すると、プチドラはちょっぴり気分をよくしたのか、机の上に立ち上がり、小さな胸を張った。
わたしは紅茶を一口飲み、ポット大臣を見上げ、
「ところで、さっき、応接室から出てきたオヤジ…… あの鎧武者は何者なの?」
「ええ、あの人はですね……」
ポット大臣は言葉を止めた。口をパクパクさせてはいるが、声が出ない。なんだか言いにくそうだ。都合の悪い話は報告しないのが本能的な役人の習性だから、あまり良い話ではないのだろう。




