ヒューバートという男
数日後、多くの猟犬隊員に周囲を固められ、前騎士団長の嫡男、ヒューバート・ジョン・ピーター・ゴールドマンを乗せた檻車が、館の中庭に到着した。
ドーンは得意げに言う。
「カトリーナ様、仰せのとおりにゴールドマン前騎士団長の息子を連れてまいりました。いやあ、ここまで来るのは、結構、大変だったのですよ」
「ボコボコにするのは構わないと言ったけど…… いくらなんでも檻車はひどいんじゃない?」
「いえ、こうでもしないと逃げられるんですよ。こいつ、ひょっとすると、おかしいんじゃないですかね」
ドーンは汗を飛ばしながら苦労話を始めた。最初は、一応、話し合いで穏便に済まそうとヒューバートの領地を訪ねたが、騎士団長就任の話を持ち出した途端に逃げられ、捕まえるまで大変だったとのこと。
わたしは檻車の前に立ち、ヒューバートの顔をのぞき込んだ。髪の毛はモジャモジャ、眉間にしわを寄せ、唇を小刻みに震わせ、目を大きく見開いて、わたしを見上げている。年はわたしよりも少し上くらいのはずだけど、年齢以上に老けて見える。
「カトリーナ様、辞令等の用意ができましたので、お持ちしました」
その時、ポット大臣が書類を抱えてやって来た。
「ああ、丁度よかったわ。ポット大臣、これは一体、どういうこと?」
「えっ? あの、いきなり『どういうこと』とおっしゃられましても…… どのような脈絡で?」
「ゴールドマン前騎士団長の息子のことよ。こいつ、一体、なんなの?」
「ヒューバート様のことでございましたか。実は、ヒューバート様は、人見知りの激しい方でございまして、さらに言えばですね……、その……、非常に言いにくいのですが、ぶっちゃけ人間嫌いで、『世間を離れてどこかに引きこもりたい』と常々おっしゃっていました。父上が亡くなられた後は、さらにひどくなったようで……」
「なんとまあ…… でも、カレの事情なんか、わたしの知ったことじゃないわ」
わたしはポット大臣から辞令を取り上げ、鉄格子の隙間から檻車の中に投げ入れた。
「ヒューバート・ジョン・ピーター・ゴールドマン、あなたを騎士団長に任命します。拒むことは許されないから、そのつもりでね」
しかし、ヒューバートはプイと顔を横に向けるだけで、辞令を拾おうともしない。もし、この男が野心的な人物で、「騎士団を牛耳ってやる」くらいの気概があれば、騎士会への対抗勢力を作ることもできただろう。でも、このヒューバートという男、見たところ、全然使えそうにない。いや、使える使えないといった話ではなく、そもそも、社会生活を営む上での基本的な能力が欠如しているのではないか。前向きに考えるとすれば、ヒューバートを傀儡として、わたしが騎士団に命令を下せばよいことになるが……
この前のポット大臣の態度が少しおかしかったのは、このことを知っていたからだろう。その時に言ってくれればよかったのに。命がけの諫言はしない主義だろうか。確かに事務屋としては優秀だ。




