新騎士団長誕生
ポット大臣は、心細そうに、わたしをじっと見つめている。大臣の立場で考えれば、「一体、どんな無理難題を吹っかけられるのか」と、内心では戦々恐々かもしれない。ただ、わたし的には、いつもそんな突拍子もない要求を出しているつもりはないのだが。
「騎士の誰かを騎士団長にするなら、文句はないでしょう」
「いや、文句という問題ではないのですが…… でも、カトリーナ様、心当たりはあるのですか?」
「まあね。前騎士団長には、確か、子供がいたわね」
「はい。ご嫡男のヒューバート・ジョン・ピーター・ゴールドマン氏がいらっしゃいますが、今は何か思うところがあって、領地に引きこもっていらっしゃるという話です」
「カレを騎士団長に任命しましょう。それなら、いいでしょ」
「はっ、はい?」
ポット大臣は、もう一度、呆気にとられたようにポカンと口を開けた。しかし、すぐに我に返って、
「え~っと…… それは……」
「ダメなんて言わせないわ。カレが嫡男なら、騎士の地位も、当然、相続しているはずよね」
「はい、それは確かに。ゴールドマン前騎士団長の地位と領地はヒューバート氏が受け継いでいまして、一応、騎士団長になるための法的な資格は満たしています。しかし……」
「なんなの? 長年の慣行なんていう抗弁はダメよ。わたしがすることが今後の前例になるのよ。前任者の息子なら、立派に役目をこなしてくれるでしょう。これは決定事項よ」
ちなみに、わたしはゴールドマン前騎士団長の息子に会ったことはないし、カレがどんな人なのかもまったく知らない。でも、そんなことは問題ではない。とにかく人事権はこちらにあるわけだから、その権限を使って、騎士会執行委員の連中に、早い話、嫌がらせを……
すると、ポット大臣は何を思ったか、いきなり平伏し、
「いえ、カトリーナ様、ここは、何卒、お考え直しを!」
わたしは思わず、「げっ」と声を上げて後ずさり、
「ちょっと、どうしたのよ。あせるじゃないの」
「昔ながらの統治に勝るものはありません。統治権を騎士と分け合うのが、先々代や先代のみならず、代々のウェルシー伯のやり方でした。ですから、ここは、やはり……」
「突然、何を言い出すかと思ったら…… でも、これだけは譲れないわ。決定は覆らないからね」
「ダメですか? 本当に? やっぱり?」
「絶対、ダメ!」
こんな漫才のようなやりとりの後、ポット大臣は「ああ~」と、うめきながら立ち上がった。でも、事務屋としては優秀な大臣のことだから、ブツブツと一人で文句を言いながらでも、任命手続用の書類などの準備は進めてくれるだろう。