交渉決裂
レッドポール執行委員長は、さらに話を続けた。
「そもそも契約というものは、双方が己の名誉をかけた神聖なものでございまして……」
執行委員長の講釈を聞きに来たわけではないのだが……この人、話が長すぎる。うんざりとして執行委員の面々に目を向けると、執行委員長が何か喋るたびに、「そうだ、そうだ」というように、(声は出していないが)何度もうなずいている。
「……契約がなぜ守られなければならないか、それは、以上の如くでございまして、伯爵様におかれましても、その意義を十分に認識されているとは思いますが、念のため、申し添えましたものでございます」
「話は分かりました。しかしながら、前の混沌の勢力との戦いで、宝石産出地帯は敵の手に落ち、完全に破壊されました。その時点で契約の目的物は消滅、それにより、契約も消滅しました。復活はありません。以上」
「いや、しかしですな、それは事実の問題と規範の問題を混同しておられるのではないでしょうか。規範に影響を与えるものは規範以外に有り得ないのでございまして……」
またまた長い話になりそうだ。法哲学の話なんか求めていないし、帝国の実定法とは関係ないはずだ。なんだか、イライラしてきた。
「話の腰を折るようで悪いけど、あなたたちの要求は認められないわ。理由はさっき話したとおり。これ以上、こちらから言うことはない。結論は変わらないからね」
すると執行委員長は、わけが分からないといった素振りで大袈裟に驚いて見せ、
「はあ? それは、一体、どういう意味ですかな?」
「交渉決裂と受け取ってもらっていいわ」
その瞬間、応接室に緊張が走った。執行委員会の面々は、途端に険しい顔つきになり、一斉にわたしをにらみつけた。
ところが、執行委員長は、顔色ひとつ変えず、
「伯爵様ともあろう御方が、穏やかではありませんな。このような殺伐とした雰囲気は……いけません、やはり、物事には道理というものがございますぞ」
「道理を体に叩き込むためには、時には懲罰も必要よね」
わたしはプチドラを起こし、その口を執行委員長に向けた。しかし、執行委員長は堂々としたもので、
「いえいえ、そのようなことをおっしゃるものではありません。話し合いがまとまらない場合には、帝国の法廷で決着をつけるのがルールでございます。伯爵様には、その覚悟はおありですかな」
執行委員長の口調は穏やかなまま。しかしその目には、並々ならぬ決意が宿っているように見えた。
「訴えたいならどうぞ。その方が早そうだし」
「分かりました。いずれ、帝国法務院にてお会いするかもしれませんな」
執行委員長及びその他の執行委員は立ち上がり、恭しくわたしに一礼すると、ぞろぞろと応接室を出た。あの仮面の男も続く。顔が見えないのは気持ちのよいものではないが、わざわざ呼び止めることもないだろう。




