余りに日常的な
ミスティアからミーの町の館に戻って1週間程度、大した事件もなく、平穏に過ぎた。基本的な日常としては、朝9時前にプチドラに起こされて目が覚め、寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドで上半身だけ起こし、ぼんやりとしていると、慣例的にエレンが朝食を持ってきてくれる。
この日もいつものように、エレンが朝食の載ったお盆を持って、
「おはよう、カトリーナさん。眠そうね。昨日も夜更かし?」
「……お……は……よう…… 眠い……」
わたしは後ろに倒れこみ、もう一度布団をかぶろうとした。
すると、エレンは布団を引っ張り、
「ダメよ、しっかりしないと。今日は交渉の日でしょ」
「……交渉? あっ、そうか」
忘れていたけど、今日は騎士会の要求書に係る交渉の日。騎士会執行委員が団体で館に出向いてくるらしい。交渉の日程を聞かされたのは3日前で、それまでエレンが日程調整を行っていたとか。
「交渉か、なんだか面倒だわ。ねえ、エレン、あなたに一任するから、わたしは出ないという……」
「それはダメよ。交渉で重要なことは、話し合いの内容じゃなくて、誰が出てくるかだから」
エレンはさえぎるように言った。確かに正論、そのとおりなんだけど……
遅い朝食を食べると、わたしはプチドラを抱いて中庭に出た。交渉は午後からだから、時間は十分ある。騎士会の要求に対しては、とりあえずゼロ回答のつもり。事前に想定問答集で受け答えの練習をすることもない。
わたしは中庭を横切り、門を出た。門の前では、若い猟犬隊員が二人、黒いユニフォームをビシッと決めて立ち番している。
プチドラは、わたし腕の中からわたしの顔を見上げ、
「マスター、あまり遠くに行くと危ないよ」
「分かってるわ」
もともとそんなに物覚えが良い方ではないが、致命的な方向音痴という自分の欠点くらい忘れはしない。だから、「今日は遠くに行かず、館の周囲を……」のつもりで、そのまましばらく歩き続け、大通り(のようなところ)に出た。
「あれ?」
「どうしたの? ひょっとして、マスター、今日もまた……」
プチドラは、「やっぱり」という顔で、わたしに冷ややかな視線を送った。
「なんでもないわ」
と、言いつつ、わたしは既に道に迷っていた。そのまましばらくフラフラとあちこち歩き回ったが、結局、
「プチドラ、お願い」
「あらら…… やっぱり迷ってたのね」
交渉に遅れるわけにはいかないので、プチドラには隻眼の黒龍モードに戻ってもらって、緊急避難的に、空から館に戻ることに……




