桜色の世界
四月九日、桜の花が満開に咲き誇るうららかな季節。高橋心美は桜の木下で、苦悶の表情を見せることなく安らかに眠った。
僕は暫時彼女の目の前で佇んで、この世にいるはずもない彼女と会話をした。
普通なら念を込めて手を合わせるのだが、僕の場合は違う。本当に死んだ彼女と会話が出来るのだ。
それは霹靂とした物ではなく、彼女が生まれつき持っている能力だった。そう、彼女はテレパシーを使えるのだ。
僕も初めて聞いたときは肝を潰したが、今は肝が据わり彼女の真実を素直に受け止めている。
なんでも人の皮膚に触れることでテレパシーが繋がるらしい、これを知っているのは僕と彼女の身内の方々だけで、あまり他所には声価を掛けられたくなく、今まで弄してこの事を隠蔽してきたらしい。
僕は彼女との会話を終えると、彼女の手に触れた。
「ちょっと!なんで触れてから話さなかったの!?」
「君に言えないことだから」
「えー、死んでも言ってくれないの?」
「それ自分で言う?」
彼女の笑い声が心のなかで響く。僕も一緒に笑う。
木下に寄りかかっている彼女の隣に、僕も腰を掛ける。
「ねぇ、桜......綺麗だね」
「うん.....」
彼女の見る桜と僕が見る桜の色は一緒なのか分からなかった。それでも彼女の言葉には曇り気がなく、まるで相槌を打っているかのように思えた。
おもむろに落ちてくる桜の花びらを見ながら、僕は彼女の手を握った。