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4.命を助けるために

 刻一刻と弱っていくオルフェの鼓動。

 それを身をもって感じているカルンは焦りました。

 でも長年の経験のおかげで迷わず森を抜け、そのまま村へと直行することができました。


 しばらくするとカルンは村に到着しました。

 まだ夜中で真っ暗なので、外を出歩く人の姿はありません。


 カルンはそのまま村の中を駆け抜け、村の医者の建物へと向かいました。



 村の医者の建物まで到着するカルン。

 ですがまだ夜中なので営業している訳はありません。

 カルンはそれでも諦めず、建物のドアを何度も叩いて気づいてもらおうとしました。


 するとしばらくして医者が中から出てきました。

 

 カルンはそこでこの狼の傷を治してほしいことを懇願しました。

 お金ならば後払いで必ず払うと言いました。

 ですが、医者は、今すぐお金を払わなければ診る事もしないと言いました。



 カルンの収入は朝に数人が買ってくれる肉の販売料金だけです。

 故にカルンは決して裕福ではなく、出せるお金もたかがしれています。

 医者はそれを分かっていて、今、お金が用意できなければまず受付もしないと断っているのです。

 カルンの足元を見ているのです。

 もしお金が用意できたとしても、まともに取り合わずに治療はしてくれないでしょう。

 

 そんな医者の思いも知らず、カルンは必死にお金をかき集めようとしました。

 一軒一軒の家のドアを叩き、懇願しました。

 いくらでも肉を今後は安く売る。

 いや、それどころかしばらくの間はただで肉を提供するとまで言いました。


 ですが、誰一人カルンの願いに耳を貸そうとはしませんでした。

 村の中ではカルンが高額で肉を売りつけてくる悪いイメージが広がっていました。

 そのため、そういう人に対してお金を貸そうとする人が現れるはずもありませんでした。


 何軒回っても一向にお金を借りられないカルン。

 ついに回っていないのはカルンのお得意様の老人の家だけになりました。

 老人は最近容態が良くなってきたものの、お金に苦しんでいる身。

 そんな人を相手に、しかも自分を気に入ってくれる人からお金を借りないといけないのか。

 カルンは自分の無力さを呪いました。


 ですが、こうやって悩んでいる間にも刻一刻とオルフェの命の鼓動は弱まっていきます。

 カルンは覚悟を決めました。

 お金が少ないと分かっている人に対してお金を貸してもらおうとする覚悟を。

 これによって老人からもひどく嫌われてしまうであろうという覚悟を。


 カルンは老人の家へと踏み入れました。



「おお、カルンさんか。こんな遅い時間にどうした?」



 夜遅くにも関わらず老人は起きていました。

 カルンの表情を一目見た老人は緊迫した状況になっていることを肌で感じました。



「その狼……なるほどな。ちょっと家に入ってみんか? 外は寒いじゃろう」



 今はそんな呑気なことをしている場合ではないと内心思いつつも、カルンは老人の言葉に従いました。

 なぜなら老人がいつもの穏やかな表情とは一変して、真剣な表情になっていたからです。

 その表情の変化に、老人に何か考えがあるのだとカルンは思ったのです。


 カルンは老人の家のとある一室に通されました。

 数カ所ある灯籠の明かりがうっすらと照らす部屋の中で老人は腰かけました。

 カルンはオルフェを床にそっと下ろして老人の向かい側に腰かけることにしました。



「さて……カルンさんのその様子。その狼を助けたい。そういうことか?」

「はい。そうなんです。私の力ではどうにもならなくて……」



 カルンはうつむいてしまいました。

 カルンはできることは全部やったつもりです。

 でも全くうまくいきませんでした。


 オルフェの傷はかつての自分がつけたもの。

 村の人の信用がないのもかつての自分がそのように肉を販売してしまっていたから。

 つまり、自業自得なのです。

 それはカルン自身も身に染みて感じていました。



「分かった。ではワシができる限りのことをしよう。ワシは獣医をやっておってな。もしかしたら何とかなるかもしれん」



 この老人が……獣医!?

 カルンはこの老人が働いているのを見たことがなかった。

 時々犬や猫を連れてきた人が老人の家に入っているのを見たことはある。

 でもそんなことは気にもとめてなかった。

 その人達はペットの病気を治すために老人の家を訪れていたのか。

 そうカルンは驚きました。



「ほ……本当に助かるんですか!?」

「ただ一つ条件がある」

「その条件とは……?」

「カルンさんの血をワシに提供してくれることが条件じゃ」



 老人が出した条件とは、カルンの血を提供することです。

 オルフェは出血が激しく、止血するだけでは出血多量で死んでしまいます。

 故にオルフェが失った分の血が必要になります。

 そして現在この場で血が提供できそうなのはカルンだけです。

 老人には血を分け与える程の血液の余裕がありません。


 ちなみに他の人の協力を仰ぐことも厳しいでしょう。

 カルンは村の人から信頼されておらず、血の提供に応じる可能性は極めて低いです。

 そして万が一協力を得たとしても、オルフェの現状から見ると間に合わない可能性が高い。

 なのでカルンの血を輸血するしかないのです。


 ですが、人間同士であっても血には相性があります。

 相性が悪いと拒絶反応が起きてしまいます。

 なのでカルンの血を提供した所で、オルフェが助かる見込みは薄いのです。

 そもそも人間の血が人狼に合うのかということを考えると、さらに見込みは薄いでしょう。


 老人はそのことをカルンに伝えました。

 ですが、カルンはそれでも尚、老人にオルフェの治療を懇願しました。

 一パーセントでも助かる可能性があるのなら、それに賭けたっていい。

 わずかな希望でもカルンはすがりたい気持ちでした。



「分かった。では始めるとしよう」



 そう言った老人は、オルフェの手術を開始しました。

 カルンからの血の提供を受け、オルフェの止血をし、カルンからの血を流し込む……


 実に鮮やかな手さばきでした。


 その甲斐もあって、無事手術は完了しました。


 オルフェの息に少しハリがでたように感じられます。

 ですがカルン達は油断しませんでした。

 血液の拒絶反応。

 それがいつ起きてもおかしくないのですから。


 カルンは結局、夜通しオルフェの姿を黙って見守ることにしました。




 長い夜が終わり、朝を迎えました。

 するとオルフェの姿が狼から人間の姿、肉屋のオルフェになりました。

 そしてオルフェは目が覚めました。



「あ、カルンさん、おはようございます」



 何事もなかったかのように挨拶をしてくるオルフェ。

 え?

 さっきまで死の瀬戸際にいたんだよね?

 何でそんな様子で話しかけられるんだろう?

 カルンにはオルフェのその様子を理解できませんでした。


 この様子を見た、手術をした張本人、老人も驚きを隠せません。

 人間だったらこんな早くに容態が良くなることはないはずです。

 ですがオルフェは実際、特に問題ない様子で生きています。

 もう立ち上がって歩き回っても大丈夫なほどです。


 オルフェの脅威の回復力に驚くカルン。

 でもそれはむしろ歓迎すべきこと。

 良いことが起きたのだから、そこに文句のつけようなどありません。


 オルフェとカルンは二人で老人に感謝の意を述べ、老人の家を後にしました。



 村を歩く途中、カルンはオルフェに話しかけます。



「オルフェ、俺のことを恨んでいるか?」

「ああ。とても恨んでいる」



 ああ、やっぱり。

 いや、逆に恨んでなかったらどうしようかとも思ったが。

 カルンはそう思いました。

 そしてどのような償いをしていけば良いのか自分であれこれ考えました。

 でも一向に良い案が思いつきません。


 ここは本人から聞いてしまうのが早いでしょう。



「オルフェ、私はお前にどう償っていけばいい? 正直お前が私を殺したいならそうすればいい。それだけのことを私はお前にしてしまったからな」



 カルンはそう言ってうつむいてしまいました。

 カルンにはそれだけオルフェに対して後ろめたい気持ちがあるのでした。

 そんなカルンに近づく、オルフェはこう言いました。



「殺すなんてとんでもない。もしカルンさんに死なれたら、俺が命張った意味がないじゃないですか」



 確かにそうだ。

 自分の命はオルフェが救ってくれた命。

 その命をないがしろにするのはオルフェにも失礼なのだ。

 そうカルンは感じるのでした。

 

 でも命で償えないのならどうしたらいいのでしょう?

 カルンにはそのような方法を思いつきませんでした。

 一体何をオルフェは望んでいるのでしょうか。



「私の命はオルフェさんに救われた命。確かに無駄にはできない。でもそうしたら他に償う方法が思いつかない。一体どうしたら?」

「ありますよ。償う方法が」



 オルフェは満面の笑みでカルンを見ています。

 一体オルフェが何を考えているんでしょうか。



「償う方法とは一体……」

「償う方法、それは―――俺と一緒の肉屋を開くことです」



 オルフェの言葉に度肝を抜かれたカルン。

 たったそれだけの事で良いのだろうか?

 そうカルンは思いました。



「たったそれだけのことで……本当に良いのか?」

「その言い方、酷いです。そのたったそれだけのことの為に俺がどんだけ苦労したと思っているんですか!?」



 信じられないとでも言いたげな顔をするオルフェ。

 どうやらオルフェにとってはそれだけ大きな願いだったようですね。



「カルンさんと一緒に働いても足を引っ張らないように、俺、頑張ったんですから。もしかして……まだ俺じゃ、力不足ですか?」



 そう言うと不安そうな顔をするオルフェ。

 カルンはそんなオルフェを見てあきれ果てていました。

 どこに自分よりも二倍、いやそれ以上の売上を出していて力不足なヤツがいるんだよ。

 そうカルンは思っていたのです。



「全然そんなことねえよ。むしろ大歓迎だ。こちらこそ、私なんかと一緒でいいのか?」

「当たり前です。むしろカルンさんだからいいんです。それでは……今日から一緒の肉屋を開いてもいいですか?」

「ああ、もちろんだ。これからよろしくな、オルフェさん」

「はい! こちらこそよろしくお願いします! カルンさん!」



 こうして二人は共同の肉屋を開くことになりました。

 この日をきっかけに、この村の肉屋は一つにまとまり、朝から晩まで大盛況な肉屋が誕生したのでした。

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