3.オルフェの正体
準備を整えたカルンはオルフェが村から出て行く時を待ちます。
しばらくすると、肉の配達を終えたオルフェが村の外へと向かう所を見つけました。
カルンはそのオルフェの後を追います。
森の中に入っていったオルフェは昨日と同様、荷車の整備を行っていました。
カルンはしばらくその様子を茂みから監視していました。
そして時は経ち、日がだいぶ傾き、もうすぐで日没という時間になりました。
恐らくもうすぐオルフェはどこかに移動して消えてしまうでしょう。
このまま待っているだけじゃ、昨日と全く同じ展開になってしまいます。
そこでカルンは考えました。
オルフェを逃がさない策を。
それは……
「お、オルフェ、こんな所にいたのか。いやぁ奇遇だな、こんな所で出くわすなんてさ」
そう。
オルフェに話しかけるということです。
会話をしてしまえば、会話を遮ってどこかへ行こうとするとひどく不自然になりますし、移動の抑止につながります。
「あ、カルンさん。お元気そうで何よりです。どうかされたんですか?」
「いや、ちょっとふらっと歩いていたらお前の姿を見かけてな。だからちょっと気になって声をかけてみたんだ」
「そ……そうですか……」
オルフェはひどく困惑した表情になっているようです。
カルンはそのような様子のオルフェを見て内心ほくそ笑んでいました。
やはりコイツ、オルフェには何か秘密があると。
そして今自分が話しかけたことでオルフェに不都合なことがあるのだと感づいたのです。
「こういう出会いも何かの縁だし、一緒に狩りにでもいくか? サポートしてやるぞ」
「……!? カルンさんがそのようなことをおっしゃるなんて……嬉しいです。ですが、ちょっと用があるもので……すいません」
オルフェは嬉しそうな表情をするとともに、どこか寂しげな表情も浮かべていました。
そしてオルフェはこの場から急いで立ち去ろうとします。
「おい、待て!? どこに行くんだ!」
オルフェの移動を警戒していたカルンは、今度は瞬時に反応できました。
すると、オルフェの足はとても早いのですが、まだ遠目にオルフェの姿を見ることができます。
そのオルフェをカルンは必死に追いかけ続けました。
するとカルンはオルフェの異変に気が付くことになります。
背が高く、人の形をしていたオルフェが変形し始めたのです。
オルフェの背は低くなり、茶色の毛が体中に生え、そして尻尾まで生えました。
その変化を遠目ではありますが、カルンはしっかりと捉えていました。
そして確信しました。
オルフェはただの人間ではない。
化物だと。
そして決意したのです。
オルフェを討ち取ることを。
現在オルフェは村の人に愛想よく振舞ってはいるが、いつ態度を豹変させるか分からない。
村の人を信用させて油断させてから村を襲うに決まっている。
そんな危ないヤツを野放しにしておく訳にはいかない。
そうカルンは思いました。
今は日が完全に沈み、周囲は真っ暗です。
ですが、長年夜の狩りに努めてきたカルンはそんな中でも活動できる優れた夜目を持ち、そして気配を察知することができます。
この時代は火以外にまともな明かりはなかったので、夜の狩りをするには夜目が必要不可欠でした。
その才能に関してはカルンは飛びぬけていました。
狼に変身したオルフェは周囲を見渡してから走るのをやめ、どこかへ歩き出しました。
オルフェはカルンを完全に振り切ったと思ったのでしょう。
ですが、カルンはぎりぎりオルフェに追いつくことができていました。
オルフェが移動速度を落としたことで、カルンはオルフェとの距離を弓矢の射程範囲まで詰めました。
そして狙いを定めます。
木陰からそっと、気づかれないように……
グシャッ!
カルンの放った矢は見事オルフェに命中しました。
オルフェは苦しそうにして、その場から急いで逃げようとします。
カルンはそこに追い打ちをかけようとしていくつか矢をまた放ちます。
ですが、オルフェはその矢を全て避け、森の奥へと逃げていきます。
カルンは逃がすまいとオルフェの後を追います。
狼になったオルフェは人間の状態よりもさらに素早くなったようです。
カルンは頑張ってオルフェを追いかけましたが、振り切られてしまいました。
オルフェは悔しがりました。
矢を一本しか命中させられなかったことに。
あの矢ではダメージを負わせられても致命傷にはならないでしょう。
オルフェの命を絶つためにはあと二、三本は矢を当てないといけなさそうです。
ですが、一本の矢は確実に当てました。
このことはカルンにとってはかなり大きなことです。
なぜなら血の跡をたどればやがてオルフェの元にたどり着けるからです。
カルンは血の跡をたどってオルフェの後を追います。
カルンはしばらく跡をたどって進みます。
ですが、血の跡で追われていることはオルフェも気づいていたようです。
血の跡を追うと、途中で大きく曲がり、やがて元の血の跡と被るようにして元の道に引き返していったことが分かります。
これではオルフェがどこにいるのかよく分かりません。
ですがカルンはそれでも諦めませんでした。
元の道を戻り、オルフェ探しを続行することにしたのです。
しばらく血の跡をたどっていくと、背後から茂みが動く音がしました。
急いで振り向いて確認するカルン。
ですがそこから現れたのはリスで、どこかへと走り去っていきました。
全く驚かせやがって。
カルンは内心毒づきました。
ただでさえ危ない夜の森です。
緊張感は常に張りつめているので、そういったちょっとした茂みの音はかなり気になります。
そしてそこに現れたリス。
警戒していたオルフェではなかったので拍子抜けするとともに少しホッとしました。
ですが、そのちょっとした気の緩みが夜の森では命取りとなります。
カルンは気づいていませんが、カルンの背後にはいまにもカルンの体を噛みちぎろうとする熊の姿がありました。
カルンはオルフェの血の跡をたどってきました。
そしてその血の跡というのは様々な肉食動物を引き寄せます。
熊も例外ではありません。
まさにカルンは野生の脅威によって命を落とそうとしていました。
ですが、そうはなりませんでした。
グシャッ!!
すぐ背後から聞こえた、何かが噛み砕かれる音。
カルンは思わず振り向きました。
するとそこには熊に噛まれたオルフェの姿がありました。
なぜこんな所にオルフェがいるのか?
カルンには理解できませんでした。
そして熊に噛まれながらもオルフェは反撃を開始し、熊との格闘の上、勝利することができました。
ですが、カルンによって攻撃された矢の傷、熊に噛まれた傷。
その二つの傷によってオルフェの命は風前の灯火でした。
体を支え切れなくなったオルフェはその場に倒れこみます。
カルンは無残な姿になったオルフェの顔を覗き込みます。
するとオルフェは苦しそうな顔をしながらも、カルンの姿を見つけると、穏やかな表情をしました。
そしてニッコリと満面の笑みを浮かべたのです。
この笑顔……どこか見覚えがある……。
カルンは記憶をたどって一生懸命思い出そうとします。
するとある一匹の狼が思い浮かんだのです。
肉屋を始めた頃によく村に迷い込んでいた子狼の笑顔にそっくりなのです。
ひどくお腹を空かせていたからよく余り物の肉をあげていたっけ。
オルフェはまさかその狼だったんじゃないか?
そうカルンは思い始めました。
そういえばオルフェは自分に対してよく肉を分け与えようとしていた。
それをてっきり自分は侮辱的な意味での行為だと思っていた。
でもオルフェがあのときの子狼なのだとしたら……
純粋に肉をくれるという嬉しかったことを自分にしてくれようとしていたことになる。
カルンはそのように思考を巡らせ、そして後悔しました。
なぜもっとオルフェと話そうとしなかったのかと。
自分からオルフェを拒絶してしまったのかと。
つまらない自尊心、おごりが招いたことは分かっている。
カルンはかつての自分をひどく恨みました。
「……カルンサン……ブジデ……ヨカッタ……」
オルフェはその言葉を最後に、気を失いました。
カルンは思わずオルフェに近づきました。
まだ脈はある。
でも体の損傷が激しく、もう長くは持ちそうにない。
ならやるべきことは一つしかないだろう。
決意を固めたカルンはオルフェを担ぎ、急いで村へと向かいました。
絶対に死なないでくれ……
その一心の思いで全速力で森を駆け抜けました。




