1.人狼と肉屋の男
それは遠い昔の話。
人間達に混じって生活している一匹の狼がいました。
昼間は人間の姿をしていますが、夜の間になると狼の姿になります。
いわゆる人狼と言われる種族です。
種族といっても、人狼なのはたった一人しかいません。
ちなみにその名はオルフェと言います。
オルフェは普段、村の肉屋を経営していました。
その村には若い人が少なく、狩りができる人も少なかったのです。
その為、肉の入手も困難なので、オルフェの肉屋はとても貴重な店になっていました。
オルフェの店には常に行列ができ、昼過ぎにはいつも肉が売り切れてしまいました。
オルフェの店に人気があった理由として、肉屋が少ないことだけでなく、オルフェ自身の人柄にもありました。
ちょっと生活に余裕がない人には肉を少しサービスしてあげました。
体の不自由な人には肉を家まで配達しました。
そのような心配りから、オルフェの店の常連になった人が大勢いました。
オルフェの店を歓迎する人がいる一方で、疎ましく思う人がいました。
その人の名はカルンと言います。
カルンはオルフェと同じく肉専門の店を開いていました。
つまり、カルンはオルフェのライバルなのです。
村にはオルフェとカルンの二店しか肉屋がありません。
そしてもちろん、コンビニはスーパーなどの便利な施設など村にはありません。
つまり、村で肉を買おうとすれば、オルフェとカルンの店のどちらかで買う必要があります。
そのような状況から、カルンの店はさぞ繁盛したかと思うでしょう。
ですが、そうはなりませんでした。
カルンは朝早く店を開きます。
すると数名の人が肉を買いにやってきます。
カルンは肉屋を初めて開いたときからずっと同じ値段で肉を売り続けています。
今回もカルンは同じ値段で肉を販売しました。
ですが、店に来た人は渋い顔をしながら肉を買って帰っていきます。
もっと料金を安くできないのか。
そう言われます。
そのような言葉を聞き流しつつも、カルンはいつも通り肉を販売します。
そしてその数人が肉を買い終わると、その後の店には閑古鳥が鳴いていました。
その理由は明白です。
朝早く肉が必要な一部の人以外はオルフェの肉を買っていってしまうからです。
オルフェの店は親切な上、値段も下げてくれて安い。
親切でしかも安い店とただ高い店。
どちらに行きたくなるかは明らかですよね。
どうしてそんな状況でもカルンは肉の値下げをしないのか。
それは肉の入手が困難だからです。
肉の値段をもし下げれば利益が減るので、その分だけ多くの肉を販売しないといけなくなります。
しかし、肉を取ってくるのはかなりの重労働です。
獲物から逆に襲われるなど命の危険が常に伴います。
それと同時に大量の獲物を持ち運ぶことは困難です。
大量の獲物を持って、逃げ足が遅くなった為に、逃げ遅れて命を失ってしまったら元も子もありません。
このような事情から肉を大量に売ることができないので、価格を下げて販売することができないのです。
そんな訳で、カルンは肉の値下げを基本的にできないのですが、例外もありました。
カルンは夜中、ある家をこっそりと訪れました。
その家には一人の老人がいました。
カルンはその老人のために残しておいた一切れの肉を取り出しました。
そしてその老人に対し、非常に安い値段で肉を販売したのです。
つまり、カルンはこの老人にだけは安く肉を販売することをしていたのです。
この老人はカルンが肉屋を初めてすぐの頃から贔屓にしてくれているお得意様です。
この人は、他の人がどんなにカルンの店に行かなくなったとしても、必ずカルンの店で肉を買っていきました。
価格がオルフェの店よりも高くても、何一つ文句は言いませんでした。
ですがあるときを境にカルンの店に来なくなってしまいました。
カルンはその老人もオルフェの店に行くようになったのだと始めのうちは思っていました。
ですが、オルフェの店を見ても、その老人の姿を見ることがありませんでした。
不思議に思ったカルンは村の人に老人の居場所を聞き、老人の家まで出向いていきました。
すると、老人は体を悪くし、あまり外を出歩けない状態になっていました。
そう。
老人は、カルンの店を見捨てたのではなく、ただ行けなくなってしまったのでした。
老人は自分の家に来たカルンの姿に驚き、そしてとても喜びました。
カルンは自分が来たことに喜んでいる老人を見て嬉しくなりました。
そこでこの老人にだけは、自分から肉を届け、安く販売しようとカルンは思ったのです。
ちなみにカルンが肉の販売を始めてしばらくの間は今売っている価格でも全く問題ありませんでした。
なぜなら、カルンが肉の販売を始めた頃は、カルン以外に肉を販売する人がいなかったからです。
村にいながらにして肉を手に入れることができる。
その便利さから、価格を気にせずに村のみんなは喜んで買っていきました。
ですがオルフェの登場によってその状況は一変しました。
オルフェが初めて村に来たとき、実はカルンの店で働きたいと言っていました。
ですがカルンとしては、せっかく自分だけが肉の販売を独占できているのに、その旨みを手放したくなかったのでしょう。
カルンはオルフェの頼みを断りました。
オルフェはカルンに一度断られても働きたいことを直訴し続けました。
ですが、カルンは頑なにそれを認めようとはしませんでした。
そして数日経つと、ついにオルフェはカルンの所に行くことを止め、しばらく村から姿を消しました。
カルンはオルフェの姿を見なくなって安心しました。
これでまた自分だけが独占して肉の販売ができると思ったのです。
肉の販売はかなり過酷な労働で、コツもいります。
なので弟子などにノウハウを人に教えなければ、その間ずっと自分だけが利益をもらい続けることができると思っていました。
ですが、そのカルンの計画は脆くも崩れ去りました。
オルフェの姿を見なくなってから数日経つと、再びオルフェが村に姿を見せるようになりました。
そして村に来たオルフェは肉を村人に販売するようになったのです。
ちなみに肉屋を始めたオルフェは肉の販売を一通り終えた後、少しの肉を持ってきてカルンにあげようとしました。
カルンはオルフェのその行動をただの侮辱と捉え、怒って帰しました。
オルフェとしてはまだカルンと一緒に働きたい、協力して働きたいと考えていて、その仲直りの印として肉を分け与えようとしています。
ですがそんなオルフェの心をカルンは理解するはずもありません。
そのようなすれ違いから、オルフェとカルンの間にある溝はますます深まっていきました。
カルンは最初のうちはオルフェが肉の販売をすることに対して気にもとめませんでした。
自分には村で長年肉を販売してきた実績と信頼がある。
この実績と信頼はぽっと出のオルフェなんかには崩せないと。
実際、しばらくの間はオルフェが肉を販売していても、カルンの店の方に大勢の人が肉を買いに来ました。
ですが、徐々にではありますが、カルンの店に来る人が減り、代わりにオルフェの店に行く人が増えていったのです。
カルンは内心焦り始めました。
なぜオルフェの店がこんなに人気があるのかと。
気になったカルンはオルフェの店を覗いたりしてもみました。
すると、オルフェは肉を自分よりもだいぶ安い価格で、大量の肉を販売していることが分かりました。
カルンはオルフェを不審に思いました。
なぜオルフェみたいな新米が、自分よりも大量に肉を販売できるのかと。
確かにオルフェは若くて力がありそうな青年に見えます。
でも力があるからといって、自分よりも二倍以上もの肉を確保できるのはどう考えても納得がいきませんでした。
そこでカルンはオルフェの事を観察することにしました。
朝に肉を販売し終わったら、元々客なんて来ないので、その間は店じまいをしても何も変わらないですからね。




