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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

鮮血と咀嚼

作者: 秋口峻砂

原稿用紙六枚、幻想

 仄か暗い逢魔が刻、裏道をひとり、美しい少女が歩いていた。おさげに結んだ髪と衣服は乱れ、眼を見開き口元と内太股には暗がりにも映える鮮血が流れている。唇の桜色と鮮血の紅は、官能的な美しさで周囲を魅せていた。

 ぶつぶつと言葉にならない呟きを漏らしふらりふらりと彷徨うように歩く。何を求めているのか、何を望んでいるのか、その何も映さない眼からはどんな感情も感じられなかった。

 道端には幾人のも男がいる。それらの眼はぎらぎらと薄汚い肉欲を漲らせ、実に歪にゆがんでいる。こんな少女なんぞ奴らから見ればただの欲を発する為の道具に過ぎないのだろう。

 少女の身の上に何が起こったのかは分からない。ただそれは彼女にとってとても重く苦しく痛みに満ちていることは、彼女のその姿形と虚ろな眼からも伝わってくる。

 そういった何かの事情を察するほど道端の獣どもは優しくはない。そんな心遣いなんぞこの裏道では何の意味も持たない。

 弱い獲物は骨まで喰え、女は奪い犯し孕めば殺せ、それがこの裏道に繰り返される輪廻。強ければ奪い、弱ければ奪われる。道端の獣どもにとってのそれこそが、裏道に通ずる理だ。

 ふと少女は立ち止まると、その場に座り込んだ。そしてへらりと微笑むとその両手を下腹部に当て俯いた。その姿はあまりにも弱々しく健気に獣どもの眼に映った。彼らは「これは甘い獲物だ」と悟り、睨み合いながら少女の周りを取り囲んだ。

 少女は周囲の獣のような男どもに眼すら向けず、ただへらへらりと微笑む。そしてその眼が潤みついと涙が走っその時、周囲の獣どもの欲は弾けた。

 ひとりが少女に襲い掛かる。すると獲物は譲らぬと、別の男が少女に襲い掛かった男を蹴り飛ばす。それが引き金になり、周囲で少女の身を巡り獣どもが争い始めた。こんな甘い獲物なんぞが、この裏道を滅多矢鱈と歩く筈もない。

 少女に襲い掛かった男はその首を掻き切られ倒れた。掻き切った男は後ろから心の臓を刺され転がる。刺した男は蹴り倒され金槌で頭を叩き割られる。その男を最後のひとりがその手に握る銃で撃ち殺した。

 撃ち殺した男は一度周囲に視線を巡らせた。どうやら彼は獣として無頼の強さを持つらしく、暗がりの中に輝く幾つもの眼には怯えを見せた。

 男は少女を見詰めるとその眼を歪め、いやらしく哂い舌舐めずりをした。少女はそれでもへらへらりと微笑む。ついとその純白い手が男に伸びた。

 背筋に走る強い快楽に、男の頬が緩む。どうやらこの少女は強い男を求めていたらしい。男は少女のお下げを掴みその頬を張った。一発、二発、三発、何度も張り飛ばす。少女は悲鳴すら上げずにそれを受け止め、そしてその潤んだ眼でじっと男を見詰めていた。

「何が欲しいのだ」

「僅かでも、愛を」

 男の問いに少女は小さく応えた。少女の言葉があまりにもくだらなく思え、男は嘲笑うかのように少女の唇を奪う。

 舌を押し入れると鉄の味と共に甘い唾液が流れ込み、それが男の劣情を強く煽った。間違いなくこの少女は上物だ。犯し壊すだけでは物足りぬ。孕ませ血を遺すのも愉しいだろう。

 少女の舌が官能的に動き、男の舌に絡んだ。そしてまるで求めるかのようにその純白く細いの手が男の首に伸びる。首筋をなぞるその指先は、間違いなく男の全てを欲していた。唇を離すと絡んでいた舌も離れる。潤んだ眼が男を見詰めている。

 不意に少女が男の首筋に舌を這わせた。男の背筋をぞくぞくと快楽の漣が流れる。その官能的な動きに男の一物は硬く膨張していた。

 唐突に、鋭く激しい痛みが首筋に走った。瞬間、首筋から鮮血が吹き出し、男と少女を染める。

「あ、がっ」

 身体の中でぶちぶちと何かが千切れるような音がした。痛みに震えながら少女を見ると、彼女は血塗れになりながら、男の首筋から噛み千切った肉を旨そうに咀嚼しながら微笑んでいた。男は重くなる視線の中、呆然と確信した。彼女はか弱い獲物ではなく――

 男の身体を突き飛ばすと、少女は己が血塗れの姿を見て俯いた。小さく震える彼女の頬を涙が伝う。

「どうか、愛を」

 失われた何かはもう戻りはしない。それを求め彷徨い歩いても何も変わることはない。いや、失われたのではない。それを壊したのは自分なのだ。

「愛を」

 少女はふらりと立ち上がると、覚束ない足取りでまた裏道を歩き始めた。暗がりに幾つもの紅い足跡が遺されていた。

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