第二十七話:それぞれの脱出
フェルスリュートの家で仮眠を済ませた竜王国の三姉弟は簡単な食事の後、変装のための衣装を見に纏う。
こういうときに南国の衣装は役に立つ。髪の毛を他人に見られることを極端に嫌いうため男はすべての髪を布の中にしまうことが常となっているし、持ち物である女の顔を見られないために女性の頭部はすべてが隠れるような布で覆われる。
確かめようにも自国の女性か他の国の王族の前でしかそれを外すことは許されておらず、もしそれが違えられた場合には顔を見られた女性は命を失う羽目になる。特に高位の女性は母親や姉妹と夫となる者以外には顔を見られてはならないというしきたりになっているため、殆どチェックなしに関所を通ることができる。
ヘンリーの格好はレナルドバードでは珍しくない外国人の下男というところだろう。それでも髪が隠れ、肌の色をつけるだけで、見事な変化となる。
最後にフェルスリュートが衣装を纏う。彼は着慣れているのか手早く服装を整えると日焼けした肌に色を増す処理を施す。ついでに首にはじゃらじゃらと首飾りをかけ始めた。
「それはレナルドバードの貴族の衣装じゃないだろう」
レティアが指摘すると彼はにやりと笑って見せた。
「これはあの国の占い師の格好です。下男はこれ以上増やせないというんでね。とりあえず、昨日のうちにあの国の貴族の一人に話をつけておきましたんで、そこに合流しましょう」
いつの間にとは思ったが、自分たちの衣装を借りてくる時にでもお願いしたのだろう。
大陸の比較的北に位置するロシキスではあるが、レナルドバードとは頻繁に貿易があり、仲も悪くはない。もしかしたらそこの辺りで恩を売ろうとしているのかもしれない。
レティアは瞬時にそこまで考えを巡らした。王女の考えを見抜いているのか、フェルスリュートは降参したとばかりに掌を広げてみせた。
通りは脱出しようとする馬車でごった返していた。
その中で目的の馬車を見つけたフェルスリュートはヘンリーを抱っこしたまま足早に近づく。
来訪を馬車の周りにいる兵隊に告げると、豪奢な馬車の一つから恰幅のいい男が現れた。
レティアはその顔に見覚えがあった。レナルドバードでも有力な貴族の一人なのだが、本人は気のいいおじさんという人物だ。確かアブシャリード候と呼ばれていたはずだ。
「すみませんが、これが脱出させる子供たちです。俺も含めてお願いします」
「いやいや、私も助かるところだよ」
どうやら自分たち以外のところで何かの取引が行われているようだとレティアは彼らの会話から読み取った。
「すまないが、君たちは私の第3夫人・第4夫人という形で馬車に乗っていてくれ。そこが妻と娘たちの馬車だ。君は、私の隣に座り下男の格好で・・・それからガジェット卿、頼みますよ」
てきぱきと指示を出すアブシャリードに従い、レティア達は連れ立って示された馬車に乗った。そこには自分と同じ格好をした女性たちが5人ほどすでに乗っていた。
「夫から話は聞いております。私は第一夫人のジャスミン、こちらが第二夫人のカレーナです。しばらくの間ですが仲良くしましょうね。レティア王女、ルミエール王女」
事情を把握している夫人たちは暖かく王女たちを迎え入れてくれた。この分だと候の馬車に乗ったヘンリーもさほど悪い待遇は受けていないと推察する。
「は、はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます。レディ・ジャスミン、レディ・カレーナ。我々のことは暫く、レーラとルシェラとお呼びください」
ロシキス独特の名前はまずいと、レティアはとっさに二人分の偽名を伝える。
聴いている二人も弁えたもので「レーラとルシェラ・・・姉妹で夫人になったことにしましょ」と設定を決めている。
「それにしても、あなた方は運がよかったですわね」
第二夫人の方がレティアとルミエールに微笑む。といっても顔は見えないから雰囲気だけしか伝わってこない。
「運がいい?」
「ええ、ガジェット卿はわが国では有名な占い師ですのよ。そんな方に付き添われての脱出なんて、天の配剤ともいえる強運ですわ」
はしゃいでいる夫人二人をよそに、レティアは考え込む。
本当に偶然なのだろうか、それとも彼が選んだのか・・・
「旅の一座たちも占い師がいるという者たちだけ先に通れたそうですよ」
ソルディス達もその中に紛れ込み逃げることは出来たのだろうか。レナルドバード特性の女性専用馬車では外の様子が知れないが、少し進んでは止まり、少し進んでは止まりを繰り返している。
やがてドアが開き、中を確認するようにリディアの鎧を纏った兵と役人が乗り込んできた。
役人は女性で発せられた声が女性のみと判断すると馬車を出るように兵に促した。彼は少し不満そうだったが、自分のせいで女性たちが死ぬ羽目になってもいいのかという言葉に渋々馬車を出て行った。
足音が遠のき、ほぅっと息を吐くと同時に馬車が動き出した。どうやら無事に通過できたようだ。
「ソルディス様たちも、無事に通れたのかしら・・・」
「通れたんだろうな。じゃなきゃ女性だけの馬車にまで乗り込んできて調べないだろうから」
きっと、あの器用な王子のことだ。適当に占い師のいる一座に潜り込んで脱出しているだろうとレティアは信じていた。
「それよりも、ここから先ですよ義姉上。どうやって私たちが国に戻るかを考えなくては・・・」
街道の分岐に出れば、アブシャリード達とは別れることになる。
彼に国まで送って貰うわけにはいかないし、そんなことをすれば逆に目立ってしまう。
とにかくこの先は改めてフェルスリュートを含めた4人でまた道を切り開かねばならない。
ロシキスの王位継承権を持つヘンリーだけでも絶対に故国へ連れて帰る。レティアはより一層の硬い覚悟を決め、先の見えない旅路に思いをはせた。
山の中腹を過ぎた頃に空は明るくなり始めた。
「先を急ぎましょう陛下」
側近の一人が焦りを含みながらも恭しく言葉を発する。バルガスは忌々しそうに舌を打ち、また歩きはじめた。
なぜ、王である自分がこんな山の中を歩かなければならないのか。
あの時、自分が張った罠にルアンリル・・・そして、本命のソルディスがかかるのを待つだけだった。そうすれば自分の王位はまた5年、長ければ自分が死ぬまで保たれるはずだったのだ。
それなのに、腑抜けのウィルフレッドが急に戦を起こした。それだけではない自分が権力も武力も奪ったはずの相手はもちろん、自分が子飼いしていたはずの貴族までもが牙を向いた。
「妃殿下はご無事でしょうか・・・」
侍従の一人が心配そうにかなり遠くなった城を見下ろして言った。
バルガスは馬鹿にするように鼻をならし、
「ディナラーデ卿も昔なじみの女を殺すような真似はしないだろうよ」
あの男が自分と知り合う前、王妃と懇意な関係にあったことは知っていた。
だからこそバルガスはソルディスと共にサイラスの存在も疑ってはいた。彼にとり自分の子供だと本当に認識できるのはクラウスとシェリルファーナのみだ。本来なら自分に必要のない後の2人のうちサイラスだけを傍に置き、王位継承の矢面に立たせたのは互いに倒れてもらうためだった。
しかしあの王子はどれだけの事をやらせてみても、ソルディスとの対決だけはしなかった。
「そういう腑抜けな部分はディナラーデ卿に通ずる通ずるようにも思えるが・・・」
バルガスの呟きに回りにいた人間たちが首をかしげるが、彼はそれに気づくことはなくまた険しい山へと一歩踏み出した。
この話とエピローグで王都脱出編は終わりです。
またすぐに続編が始まりますのでそちらもよろしくお願いします。