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第二十六話:向かうべき場所へ

 一座が王都を囲む城壁を抜けると街道を埋め尽くすように雑多の兵が兵営を気づいていた。

 座長は辟易としながらも、街道に複数設けられた通関を先ほどの書類で抜けてゆく。

 高位の占い師を持つ一座と記されているのか、大方の通関では殆ど積荷や人のチェック無しに馬車は通過してゆく。

 時々、人をチェックする関所では、他の関所同様、美しい占い師の少女に扮したソルディスや、それに劣らず清廉な美しさを誇るサイラスの二人に心奪われる役人がおり、女座長は苦笑を禁じえなかった。

 すべての通関を通り過ぎ頃には空はすっかり明けきり、宵っ張りの踊り子たちも疲れたのか静かに眠ってしまっていた。

「ありがとう、ね。あんたのおかげで一座が無事に通れたよ」

 兵たちの姿も遠くなったところで一端馬車を止め、座長の女はにこやかな笑みを浮かべながら、ソルディス達に近づいてきた。

「いえ、私たちこそ助かりました」

 にっこりと笑う占い師の少女に座長は口をゆがめた。

「女の子の真似はもういいよ、ソルディス王子」

 途端にソルディスの瞳から笑みが消える。そんな表情を観察しつつ、女は王国内に伝わっていた『何も悩みがなくいつも笑っている馬鹿な王子』という認識を払拭する。

 これは食えない。並みの大人なら顔負けするほどの曲者だ。

「どこでわかりました?」

 冷たい声で聴いてくる王子に、女は自分の守るべき一座の馬車を指差す。

「こんだけの一座をまとめる女だよ。一度でも見た顔を忘れるもんかい。

 その綺麗な姉ちゃんはサイラス王子、顔を黒く塗っているのはクラウス王子、そしてこっちのおちびちゃんはシェリルファーナ姫だろう?」

 言い当てられたクラウスとサイラスは顔を険しくした。自分の身のことなどよりも、ソルディスを守らなければならない使命を彼らはしっかりと感じていた。

 逆に起きていた踊り子たちは自分よりももてていた楽師が男と知り、俄然、色目を使い出す。

 踊子にとり綺麗な男の種を貰うことは一座を続ける上で重要なことだった。綺麗な男の子供なら綺麗な子供になる。そうすれば踊子としてもその他の意味でも重宝するからだ。

「いまから戻って兵に突き出しますか?」

 少し顔を青くさせて聞いてくるサイラスに女は目を見開き、豪快に笑った。

「せっかく通れたのにかい?ばかばかしい。そんな無駄はうちらはしないさ」

 ただでなくても折角の祝辞・・・稼ぎ時であった祭りを壊したことを快く思えるはずもない。

 バルガス王という男の治世がやっと終わり、これからは伸びやかに商売ができると思ったのに、内乱なんぞが起こってしまっては安心して祭りに参加することもできやしない。その意味も含めて、彼女は彼らを突き出す考えなどなかった。

 腹を抱えて笑う彼女に毒気を抜かれたクラウスとサイラスはソルディスに視線を投げかける。彼は元からこういう旅芸人たちの気質を知っているかのように、余り驚いた様子も見せていない。

「それじゃ、旅の行程はこの子と話し合うから、あんたらは今のうちに休んでおいてくれよ」

 女座長に肩を抱かれ引き摺るように連れて行かれるソルディスは、心配をしている二人の兄に笑顔で手を振ってみせた。




 馬車から少し離れたところで女は足を止めた。

 短い草の多い草原は、周りに人が来ても判るために内緒話には丁度いい。

 とりあえずリディア国内の地図を広げると、彼女は関係ない話をソルディスに切り出してきた。

「それにしても、どうやったんだい?さっきの占いは。リディアの王位を継ぐものは心が読めると聴いたが、そんな力じゃあの占いはできない」

 確信を持って訊いてくる彼女に逆にソルディスが訊き返した。

「役人の心を読んだだけとは考えないの?」

「ああ、あたいもそうするのかと思ったけど、あれは無理だ。死体は占い師ごとに違うものが宛てられたと言うし、役人は死体の内容をしらないから書類で答えあわせをしていたんだよ」

 つまりあの場にいたどの役人の心を読んだところで答えなどわかるはずがないのだ。関所を築いたディナラーデ卿の知能の高さともいえる。

 だが目の前の王子はウィルフレッドが知る以上の能力を隠し持っていた。だからこそあの関所は意味を失い、彼らはここに脱出することができた。

「父が僕のこと人に隠れてなんて言っていたか知っていますか?」

 いろいろと考えている女に向かって、彼は寂しそうに視線を向けた。その顔は今にも泣きそうな顔に見える。

「『人の皮を被った化け物』、『過去を穿ほじくり返す人非人』」

 実の息子に・・・いやどんな子供に対しても言っていい言葉ではない。

 現に壊れそうな瞳の王子は辛そうな顔のまま笑おうとする。

「『人の運命を弄ぶ悪魔』・・・『騒乱の星を持つ呪われた子供』・・・」

 ずっと言われ続けていた言葉を繰り出す唇は震えている。瞳にはこらえられない涙が浮かんでいる。

 それなのに彼はずっと笑おうとしていた。

 ソルディスが笑うことで自分を守り、周りを守ってきたのだと彼女は確信した。

 数多の呪いの言葉を自分だけの胸に仕舞い、兄弟の誰にも気づかせずに彼はずっと過ごしてきた事を察することはあまりにも容易かった。

「もういいよ。あんたがどんな力を持っているのかは大体理解できた」

 ソルディスの言葉を止める形で女は地面に広げた地図をパンと叩いた。

「さてこれから本題に入ろうか」

 彼は見ず知らずの女性にこんな思いを吐露してしまったことを恥じながら、呪いの言葉を忘れるためにも違う話に耳を傾ける。

「あんたはどこへ行きたい?うちらは借りたまんまは嫌いなんでね、途中まで連れてってやるよ」

「借りなんて、僕らだってあなた方を利用したんだからチャラです」

 有り難い申し出だったが、これ以上の同行は迷惑になる事は重々弁えていた。

 しかし彼女は隣に座るソルディスの背中をバンバンと叩き、にかっと笑って見せた。

「いんや、あんたからの借りの分が多すぎるんだよ」

 ソルディスに伝わってくる彼女の心からも同じ思いが伝わってくる。そのずれのない朗らかさが、彼にはありがたかった。

「それでは時守ときもりの里のそばまでお願いします」

 ようやく行き先を決めてくれた王子に彼女は大きく肯くと地面に広げた地図を折りたたみ脇に抱えた。それから汚れた手を自分のスカートで拭うと王子の前に差し出した。

「それじゃ、改めて。この一座を取り仕切るグランテ・ガーバリィ。みんなにはグランマと呼ばれている」

「リディア神王国王子ソルディス・エンデドルグ・リグア・エリファイドです。よろしくお願いします。レディ・グランマ」

 ソルディスは差し出された手をしっかりと握り握手をする。その顔は最初出会ったときにしていた作り物みたいな顔よりもずっと綺麗に見えた。

「そんじゃルートはあとであの苦労知らずの剣士の王子に話しておく。あんたはさっさと眠っちまいな」

 脇に抱えた地図を叩きながら、去っていくグランテにソルディスは久しぶりに本当の意味で笑った。

これでソルディス達の脱出も終わり、後一話、竜王国の王女たち等の動向を書けば王都脱出編が終わります。

伏線をもう少し複雑に絡めておいて、終わり次第始める話の方に移行したいです。

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