第二十五話:旅芸人たちの脱出
馬車が通れるほどの大きな隠し通路を抜けた先には木製の扉があった。
外の気配を確認しつつ、ソルディスが開けるとそこは外壁に近い路地の一角だった。建物に囲まれ、こちら側に向く窓もドアもないその路地に馬車を出し、外側から扉を閉めるとそこは何の変哲もない石壁へと変化した。
そこから今度は少しだけ賑わいのある通りに出て、沢山の馬車が連なる中へと紛れ込んだ。
周りは旅芸人たちしかいないせいか、踊子たちの使う易い白粉の匂いや暇を持て余した楽師たちが楽器を爪弾く音がしている。
「占い師のいる一座は先に出られるってよ」
どこかで噂している声が聞こえた。確かに過去見・予知見・星見と呼ばれる時守の一族に準ずる占い師は、その特別な能力ゆえに判別がつきやすい。
「占い師がいない一座は明日の朝また来いって言われるらしい」
その言葉に周りから「なんでぇ?」とか「困るよぉ」という甘えた声が聞こえた。美しい体を誇る踊子たちはこういう戦場で自分の身体が傷つく事態を嫌がる。
ソルディスはその中の一団に目をつけると、その座長らしき女に声をかけた。
「私たちを、あなたの一座に入れてくれませんか?」
急な申し出に恰幅のいい女性が目を見開く。
「私は占い師なんですが、一座の人数が少ないせいで目をつけられかねない状態なんです。とくにお姉様がとても綺麗だから・・・入ってくる時も役人に難癖つけて浚われそうになって・・・だからお願いです一緒に行ってくれませんか?」
確かに目の前の黒髪の少女は占い師の格好をしている。馬車の荷台にいる女性も少女が言う通り稀にも見ないぐらいの美人だ。その女性二人を守るように座っている男は女性の恋人かとも思ったが、少し顔立ちが似ているから血族かもしれない。
「わかったよ、こっちとしても有り難い申し出だ。うちは踊り子が多い一座だからね。こんな所で商売道具に傷がつくなんて困っちまう所だったんだよ」
「ありがとう」
ソルディスは華が綻ぶような笑みで礼を言うと馬車の荷台に戻った。
「お前、役者だな」
クラウスが弟の演技力に感心すると、彼はにっこり笑って「慣れてるからね」と返す。
占い師を得たことで一座は検問を行っている門へ向かって進み始めた。その中ほどに位置するようにクラウスの馬車もついてゆく。
検閲の順番が回ってきたところでソルディスは一人馬車から降り、先ほどの女性と共に官吏の傍へと行った。
「この子がうちの占い師だよ」
「リル・ソリュードと申します」
優雅な礼をした美しい少女に官吏が少し顔を赤らめる。
しかしソルディスの名乗った名前を聞いて検閲側の時守の一族の者がざわめいた。
「何事だっ!」
「いや、別に・・・」
ざわめいていた一人が言葉を濁した。
だが別の男は立ち上がるとソルディスの前に立った。突然の状況を見ていた女主人を他所に、男はソルディスの前に跪きその手にキスをした。
そして立ち上がると官吏に向かい
「この方は我ら時の一族でも高位に入る方だ。検閲するにしても丁寧に対応してくだされ」
と忠告した。
男の言葉に準じるように他の時の一族たちも肯いている。
「ありがとう、予知見の方」
ソルディスは自分の横に守るように立つ男に感謝を述べると官吏の傍に移動する。
「何をすればよいのでしょう?」
時守の一族の忠告に少々毒気を抜かれた彼は少女をつれて占い師たちの検閲の場所まで連れて行った。そこには布をかぶせられた5個ほどの遺体があった。
「この者たちの名前と彼らの情報をあなたが見た分だけ書き、こちらの兵士に渡してください」
官吏の言葉に(これじゃ予知見は通れないな)とソルディスは思いながら、示された遺体の情報を書類に書き込む。
それを役人に渡すと彼は用意してあった書類と書かれた紙を付き合わせた。
「これは、すごいないままで占い師の中で一番の成果だよ」
若い役人は目の前のストイックな感じを纏う占い師の少女を絶賛した。
その声を聴いた座長はほぅっと胸を撫で下ろす。占い師とは名乗っていたが、どれほどの能力があるのかは疑問視していたのだ。
逆に官吏のほうは先ほどの男たちの態度を思い出し、少女に畏敬の視線を送る。
「ディナラーデ卿の配下として迎え入れたいぐらいだが・・・」
「我々時守の一族は政治には関わらない事を宣言しております」
少女の冷静な言葉に官吏も役人も「もったいないが、しかたない」という表情で通関許可書にサインを書き入れる。
座長はほくほくの笑顔でそれを貰うとソルディスの方を抱きながら一座のいる馬車隊に戻った。そこでは一応、馬車内部の人員のチェックが行われていた。
この大人数の集団に対して役人の数が少ないのは先ほどから王城の辺りで上がっている大きな火柱のせいかもしれない。
ソルディスが役人たちの行動に視線を向けると、いきりたった役人が自分の馬車の後ろでなにやら文句をつけていた。
「なにをやってるんだい?」
それを見咎めた座長が声をかけると役人は顔を赤らめながらごちょごちょと文句を言っている。
「その役人は馬車の楽師に惚れたんだってぇ」
「自分の裁量でうちらのこと通してやるから、お前だけ残れって言ってんのよ」
自分たちにはまったく目もくれず楽師にだけ口説きを入れた役人が気に入らないのか踊り子たちが口々に女に報告する。
彼女は自分が先ほど貰った通関証を広げると、
「ほら、これがうちの通関証だよっ!あんたの役目は終わったはずだ。さっさと他の一座の人員でも確認しておいでっ」
恰幅の言い女座長の一喝に男は顔を赤らめて剣を抜こうとしたが、騒ぎを聞きつけた他の役人や官吏に取り押さえられた。
最後に責任者らしき男が座長である女に謝り、その場は収まった。
「さぁ、変な輩がまたちょっかいかけてこないうちに行くよ」
彼女の掛け声と共に一座が動き出す。ソルディスも自分の馬車に身軽な動きで飛び乗ると、心配そうな顔で待っていた兄妹たちに親指を立てて見せた。
今回は第24話と同時にupです。
王子たちの脱出と竜王国の王女たちの脱出が終われば取りあえず王都脱出編は終了。そして王国迷走編が開始されます。