第二十一話:竜姫たちの逃走劇
一方、ソルディス達と別れたロシキスの王子・王女達はフェルスリュートの導きの元、なんとか城からの脱出を果たしていた。
「よく、人がいないところがわかるもんだ」
まだ兵が配されていない場所や手薄な場所ばかりを、まるで知っているかのように迷いなく進むフェルスリュートに実戦経験もあるレティアは少しながら疑問を覚えた。
ソルディスの命を狙わなかったし、隣国の姫を逃がすだけの役目の方を選んだ彼が、ディナラーデ卿の手先とは考えにくいが、何か特別なものを隠しているようにも思える。
「気配と予兆と能力・・・その三つのおかげですよ、姫さま」
彼はおどけた口調で答えると周りと家の中を確認してから、明かりのついていない屋敷に忍び込む。
人のいる気配の全く感じないその屋敷は一種独特の雰囲気を持っていた。彼は庭の茂みの中に彼らを隠すと辺りを警戒しながら、王子たちに注意する。
「この庭で隠れていてください。その間に俺は変装道具や、その他諸々とってきます。絶対にこの茂みから出ないでくださいよ」
全員がその言葉に肯いたのを確認するとフェルスリュートは庭から出てどこかへ消えた。
外の喧騒は続いている。未だ、ソルディス達は見つかっていないのか、兵から兵への申し送りの中に、彼らの名前が飛び交っている。
時折通る兵士の足音に肩を竦めながら、三人は静かにフェルスリュートが戻るのを待ちつづけた。
「お待たせしました。これに着替えてください」
フェルスリュートは茂みの中に袋を入れると、変わりにヘンリー王子だけを抱き上げる。どうやら女の子たちは茂みの中で着替えさせ、王子は自分で着替えさせるつもりらしい。
「着方が判らないときはいってくださいね」
言葉の意味は渡された服を見たときに判った。
袋の中に入っていたのはリディアの南に位置するレナルドバード王国の民族衣装だった。砂漠を有するかの国の衣装は珍しく、レティアも数度しか見たことがない。ルミエールに至っては初めて見るものだった。
それでも、レティアは前に本で読んだ記憶を頼りに服を身につけ、途方にくれている義姉の着替えも手伝ってやる。
「最後に、この被り物を・・・これで髪の毛が隠れる」
それは顔を追おう布製の被り物だった。顔の位置する部分は細かい網目状の布になっており、他の部分は厚手の黒い布で出来ている。
確か、かの国は女性の顔を見られるのを厭う風習があるため、このようなもので隠すのだろう。それが今は非常に役に立つ。
「それにしても、ここはどこだ?先ほどから外では兵の足音がするのに、この屋敷には一向に踏み込む気配すらない」
内乱が起きているのだ、兵は貴族の屋敷にすべて押し入り、王子達を匿っていないかと家捜ししているはずだ。
「この家の持ち主は今回の首謀者、ディナラーデ卿ですよ。元々この家には侍従みたいなものはいないですし、雇っている兵は城に行っている可能性が高いと踏んだんです。それに王都はすでにディナラーデ卿の軍に押さえられている状況。首謀者の家に、兵が乱入することはないでしょ」
だからこそ、誰が来ても茂みから出るなと言っておいた。兵も中の様子を眺め見ることはしても裏の茂みまで探索することはない。
「裏を、斯くという大博打にでたわけだな」
レティアは案外無謀な策を労する彼に少し呆れながらも、その機転に感謝した。
彼は「機転ですよ」と王女の言葉に一応反論してから、ヘンリー王子を茂みの中に入れ、自分も茂みの中に姿を隠した。
「これから、どうするんだ?」
「とりあえず、今、旅芸人たちがいっせいに王都を出ています。それがすむ明日の明け方ぐらいには逗留している諸外国の大使やその礼状が退去するでしょう。それにまぎれてここを出る予定です」
聞き込みの結果、王都を出て行く旅芸人以外の馬車は今現在止められているらしい。旅芸人たちも占い師や、特殊な芸が出来るものはそれを披露することで脱出の許可が与えられ、それ以外は、足止めを食らっている。
つまり、明日の明け方になるまでは王都脱出は困難となっているということだ。もちろん、
暗い中の方が顔の判別がつきにくいし、潜みやすいので、逃げるのは最適ではあるが、ロシキスの王子王女たちにはこの変装で明るい中を脱出させた方がいいだろう。
「ロシキスの王子・王女だとしても殺されることはないと思いますが、近隣の王侯貴族は適当に捕虜となって新体制のリディアとの契約を結ばされるという噂も流れています。捕まらないように慎重に行きましょう」
もともとリディアにとり脅威的な力を持つロシキスの軍事力が新体制に付かれると、何かとまずい。
せっかく逃がしたソルディス王子達が王権を取り戻すことが難しくなる。そうならないためにもこの目の前の少年少女たちをフェルスリュートは逃がしきらなければならなかった。
「とりあえず、人が切れたら、この屋敷を抜けて下町にある俺の家に行きます。貴族の家以外は調べないと思うからそちらのほうが安全です」
いつ家人が帰ってくるか判らない屋敷にいるのもまずいし、明るくなってからだとこの屋敷を出るときに目立ってしまう。暗いうちにどうにか移動しなければならない。
その言葉に、レティアは了解の意を伝えると、外からは見えない位置で剣を取り出しておいた。
見ると荒事には一切なれていない義姉が震える体をなんとか宥めながら、立ち上がっていた。その懸命な姿にレティアは優しく笑みをつくり、ルミエールの体を支えるようにしてあげる。
ルミエールはそんな優しさに嬉しそうに目を眇めてみせた。
「それじゃ、行きますか」
フェルスリュートはそう言うと小さな王子を軽々と抱き上げ、異国の服装に身を包んだ王女二人を連れ従いながら、自分の家へと向かって歩き始めた。
とりあえず、場面が切り替わってロシキスの王族たちにスピンオフです。
フェルスリュートはなかなか大胆不敵な行動にでていますが、きちんと的は射ているようです。