第十九話:迷宮の外へ
長い階段を折りきるとそこからは緩やかな坂になっていた。先ほどよりも通路が広くなっている気がする。
所々で水が滴る通路を王子たちは息を切らしながら、駆け抜けていく。
「シェリル、大丈夫か?」
「うん・・・な・・・とか」
一番体力のない王女は何度も転びそうになりながらも、なんとか前を行く兄たちに置いてかれないように必死に足を動かした。舞踏会用の長いスカートはこういう時には邪魔なものだと彼女は心底思っている。
「もう、つくよ」
シェリルファーナと同じく、体力がないと思われたソルディスは全く息も切らさず向かう先にある一点を指差した。
炎の光に王の間のときと同じような鉄製の扉がちらちらと照らし出される。
更にスピードを上げたソルディスは扉につくと急いで解除作業を行う。暫くして扉が少し浮くと同時にサイラスとクラウスは扉に手を掛けて、その重い扉を開いた。
現れた部屋は先ほどの王の間の鏡の裏の部屋よりも少し広かった。
自分たちが入ってきたのとは違う扉が数箇所有り、そのどれもが王の間のときと同じ透明の扉になっていた。
扉以外の壁には僅かながらの非常食や貴金属、そして靴や服なども用意されている。よく見ると鬘までが綺麗に飾ってあった。
「ここは?」
サイラスが透明の扉の向こうを観察しながらソルディスに問い掛けた。彼は扉の内の一つを開錠し、そこにある武器を物色し始めている。
「二の郭と一の郭の境目にある厩舎だよ。馬とか馬車とかないと逃げられないと思って、ここにした」
どうやら王都の中にはまだこのような抜け道の出口があるらしい。
サイラスは感心しながら扉の向こうを一つ一つ観察した。その中で唯一布の掛けられたものを覗くと、外には数頭の馬が見えた。この騒ぎで逃げ出したのか、厩舎番がいないことが救いだった。
「これ、借りていこう」
クラウスはソルディスと一緒に武器を見ていたようで、適当な剣を手に取ると実戦にはあまり向かなかった豪奢な剣帯をはずして、シンプルなそれを自らの腰に巻きつけた。
「ルアンリル、この中の適当な服にシェリルファーナを着替えさせて」
どこから引き摺ってきたのか旅芸人たちが着る服がつめられた袋をソルディスは部屋の中心に持ってくるとその中身を広げ始めた。
4人は自分にサイズが合いそうな服を選択するとそれに着替えた。豪奢な服は違う袋に入れてそこら辺りに放る。
一応、身支度を整えたソルディスは自分の頭に手を当てると、詠唱を開始する。
「光の精霊イリュース、闇の精霊アジェント・・・すべてのエレメンツにかけソルディスが命じる。光は奥に、すべてを覆い隠せ《ダージェス・フレール》」
詠唱が終わると同時にソルディスの髪から光が消え、黄金色に輝いていた髪が黒く染まった。
「精霊魔法、ですか?」
「僕たちの髪が輝くのは自分たちの中にある光が洩れているせいだからね。精霊を使って光を体の奥にしまって、闇を使って封じれば髪の毛は元の色に戻るんだ。僕の場合は祖父様譲りの黒髪」
確かに光なす黄金の髪でなくなった王子はどこか別人に見えた。
「兄様たちも、黒かそこらの鬘をつけて。シェリルも・・・」
鬘をつけてといおうとしたソルディスの眼には、ばっさりと髪を落としたシェリルファーナの姿があった。服装もスカートではなく少年の衣装をつけており、顔の色は専用のニスで褐色へと変化させている。瞳の色はルアンリルの魔法で変化させたのか、深く暗い緑へと色が変わっていた。
「あいつらが追っているのは男3人、女1人のグループなんでしょ?だったら私が男になったら少しは霍乱できるでしょ?」
健気に笑う妹姫の姿にソルディスは優しく頭を撫でてやる。
そして自分は飾ってある鬘の中から長い黒髪のものを二つとると傍に立っていたサイラスに手渡す。
「サイラス兄様は女性用の楽師の衣装を着けてください。クラウス兄様はシェリルみたいに肌の色を変えて、剣士の格好を・・・僕は時守の民の女性の衣装を着て、占い師の振りをします」
ソルディスの誕生を祝う宴のために王都には様々な旅芸人が来ていた。
彼らは争いを好まず、諍いが起こるとすぐにその場を離れる傾向がある。今の時間ならば、王都を脱出しようとする彼らの群れに入れる可能性が高い。
ソルディスの考えを理解したのか、彼らはすぐに変装に取り掛かる。
もとより剣士としての生活が長いクラウスは一番初めに着替え終わり、雰囲気を変えるためにルアンリルに髪を更に短く切ってもらった。
女性の服を選んだサイラスはシェリルファーナに背中のボタンを留めるのを手伝ってもらいながら、ジプシーがつけるような装飾品で自身を飾り始める。
ソルディスは慣れた手つきで占い師の服を着ると、それらしい小道具として貴金属としてはあまり価値のない水晶や香を持ち出す荷物の中へと入れた。
なんとか地下通路から脱出しました。後は王子たちが王都を物語の大半が終わります。
まだロシキスの姫君たちやアーシアのことなど書くことは満載ですが、一応終わりが見えてきました。