第十五話:偽りの真実
王妃と別れた後、彼らは少しの間だけ隠れ部屋に潜んでいた。
言い出したのはクラウス。わずかの時間だけでも父が来る事を待とうという考えからだった。
鏡の扉の開け方は、やはりソルディスしか知らないらしい。
バルガスが何かの気まぐれで戻ってきたとしたら、王と王妃の逃げる道がない。
「父上は、絶対に戻らないよ」
ソルディスは呆れたようにわずかの望みを口にする兄を諫める。サイラスも同じように思うのか、年の近い弟の肩に手を置くと首を静かに首を振った。
「俺たちのすべきことはここを無事に脱出することだ。ソルディスを無事に王都から連れ出し、ディナラーデ卿から王権を取り戻す助力をするのが使命だろう。父上が戻られるのを待っていても更に状況が悪化するだけ・・・王都を取り囲む兵が検問を始めたら逃げることなどできない」
サイラスの言葉を理解できるのかクラウスは唇を噛み、肯く。だがシェリルファーナは透明な扉の向こうに見える母の姿に、なかなか肯くことができなかった。
「この鉄の扉のほうは開けていこう・・・いざとなったら、この鏡をやぶり入ることができる。通路はいずれかの出口に必ずつながるようになっているから、もしかしたら逃げられるかもしれない」
ソルディスはそういうと通路側の入り口をこんこんと叩いた。それでようやく安心したのか幼い姫は小さく縦の頭を振る。
『元気で。いきなさい』
最後に鏡にむかって掛けられた母の言葉に、サイラスも辛そうに顔をゆがめる。
王妃は言葉がこちらに聞こえているとは思わなかったのか・・・それとも敵が乱入してきた時に王子たちの場所を知らせないようにするためなのか、その後、こちらをちらりとも見もせず椅子に座りなおした。
クラウスは思いを振り切るように通路へと出る。サイラスは一礼をしてから弟の後を追った。シェリルファーナはもつれそうになる足元をルアンリルに支えて貰いながら部屋を出た。
最後に残ったソルディスは適当に扉を開けたままに固定すると、
「それでは僕たちだけで先に行きます」
と少しだけ寂しそうな笑みで彼女には届かない別れの言葉を口にして兄たちが待っている通路へと走っていった。
王妃はただじっと椅子に座って待っていた。
最後に王子たちと再会できたことへの喜びを胸に、自分が対峙しなければならない相手を待っていた。
ほどなくして王の間の控え室より大きな怒号とともに扉の開く音がした。自分たち付の侍女の悲鳴が聞こえる。
「抵抗しなければ、危害は加えない。王妃はいるな?」
訊ねている声は聞き覚えのある若い男の声だった。返事を待たずこちらに向かってくる足音に体が崩れそうになる。
「お久しぶり、ですね。ソフィア王妃・・・覚えていらっしゃいますか?」
現れたのはディナラーデ卿ウィルフレッドだった。
戦闘に適した動きやすい服を着ていた。すでに幾人かの人を殺めたのか、所々返り血を浴びている。
「ウィルフレッド・・・」
懐かしい記憶の中にいる彼は自分たちの息子と殆ど同じぐらいだったはずだ。もう二度と会うはずのないその人と王宮で会ったときは、自分の心臓が止まるかと思った。
そして今の彼は自分の隠していた事実を知り、こんな戦いを起こした。
「その名前で呼ばれるとは思いませんでした。ずっと『ディナラーデ卿』でしたからね」
吐き捨てるように言われる言葉に、彼女は沈痛な面持ちで目の前の青年を見上げた。
「あの王に汚されつづけた、私の息子はどこです?」
告げられた言葉に彼女は息を飲んだ。
やはり彼は自分が他の息子を生かすために、彼の息子を犠牲にしたのを知っていたのだ。
「あなたの、息子など、知りません」
それでも彼女は認めることなどできなかった。
彼はあきれたように肩をすくめると、その腰に携えていた剣を引き抜き王の間に飾られていたバルガスの肖像画を切り捨てる。
ひっという息を飲み込む音が、自分から響いたが彼女は気をなんとか落ち着け、毅然とした態度をとろうとする。
「あなたは、とても勝手な人だ。最後だからと私を求め、勝手に子供を作り・・・その子を犠牲にしてあの男との間にできた自分の子供たちだけを安寧と生かした。あなたは明日になればすべて何事もなく過ぎると思っていたのでしょうが、私はそうならないことを知っていた。
第一即位後のソルディス王子が真実を知ったときにどうなるのか、それよりもソルディス王子の王位継承を遅らせるため卑劣なあの王がどのような駒としてあの子を置いていたか知らないでしょう」
かつての幼馴染み・・・幼き恋の相手から告げられる衝撃的な言葉に王妃は顔色を失う。
「もう一度、問います・・・私の息子であるサイラス・ジェラルドはどこです?」
突きつけられる言葉の刃に砕けそうになりながらも静かに首を振った。
やっとウィルフレッドが再登場しました。
衝撃的なことを言っていますが、ウィルフレッドが語ることは取りあえず真実が多いです。
誰が悪なのか、誰が誰の正義なのかはまだぜんぜん出せていない状況で、取りあえず物語りの佳境に入ってしまったような気がします