第十四話 王の間の別れ
秘密の地下通路は王城の壁の間を器用に縫って造られており、様々な分かれ道で通る人を惑わせていた。
ソルディスはその一つ一つの角をしっかりと確かめながら、的確に道を選んでいく。
「場所的に、もう近くだよな」
旅慣れていて方向感覚が優れているクラウスは先を行くソルディスに確認する。
「うん、もう後は一本道だよ」
入り組んだ道をすべて憶えているのか、彼はそういうと現れた角を曲がる。現れたのは大きな鉄製の扉だった。彼はドアの横に掛かった鍵を外すと鍵穴に入れる。
カチャン・・・・
小さな音を立てて鍵が開く音がした。彼はノブを握ると重いそのドアを開く。
現れたのはこぢんまりとした小さな部屋だった。5人も入れば窮屈さを感じる。部屋には逃げる時に必要な貴金属などが用意されていた。
ソルディスは部屋を突っ切ると反対側にかかったカーテンを開けた。
そこにあったのは王の間の風景だった。まだ傭兵達もここまではたどり着いていないのか、王妃が一人で椅子に座っていた。
「母様っ!」
シェリルファーナは透明な壁の向こうにいる母親を呼んだ。だが、その声は彼女に届かない。
「シェリル、少しどいて・・・これは魔法の鏡だから、こちらの音も姿も向こうには届かない。向こうからはこれは単なる大きな姿見なんだ」
彼はそう言うと、透明な壁の横についた奇妙な模様を順番に押していく。6回ほど模様を押した所で、カチャン・・・という小さな音が響いた。
「クラウス兄様、サイラス兄様。少し手を貸して」
ソルディスの呼び掛けに、二人は頷くと一緒に透明な壁に手をついて押した。
思ったよりも軽く、その扉は王の間の方に向かい開いた。
「誰ですっ!」
急に開いた鏡に、王妃・ソフィアは鋭く声をあげた。
だがそこから現れた4つの顔を見た途端、彼女は安心したように肩を降ろした。
「母上、無事で何よりです」
「あなた達も、無事で・・・」
ソフィアは感極まったようにソルディスの身体を抱きしめた。
この暴動を起こした者の標的が13歳になろうとしているこの王子だとソフィアは少なからず理解していた。
リディア王国の唯一の王位継承者、この息子がどれだけ夫に疎まれようとも彼女はずっと彼を愛していた。
「逃げましょう・・・母上」
久しぶりに感じた母の温もりを抱きしめながら、ソルディスは彼女にそう促した。
やはり国王はルアンリルを呼び出した離宮に行っていた。あの離宮は王城でも本宮から外れており、城の背に広がるファーデント山脈に面しているので上手くしたら彼は逃げられるだろう。
それよりもこの場に残された王妃の方が普通に考えても危ない状態だ。
「しかし、陛下が・・・」
彼女にとっては国王も愛する家族であった。例えその貞操を疑われても・・・そして、彼には言えない秘密があっても彼女は彼女なりに国王を愛していたのだ。
「父上は、違う場所で逃げているはずです。今の状態では貴女の方が危ない」
いつもとは違う第三王子の険しい眼差しにも、彼女は屈する事はない。
もう一度、ソルディスの身体を抱きしめると、彼をルアンリルの方に渡した。
「私は、王妃です。国王と共にではないと逃げる事はできません。それに色々と顔が知れている私が一緒だと貴方達の足手まといとなりましょう」
彼女は次にクラウスの身体を抱きしめた。その感触を忘れないようにと強く回る腕に、彼も強く答える。
「クラウス、あなたの剣の腕を信じます。唯一の王位継承者たるソルディスを無事に護って・・・貴方自身も護って生き延びなさい」
クラウスの小さく「はい」という声に、彼女は「頼みます」と念を押し、彼の身体を放した。
そして、クラウスの隣にいるサイラスの身体をしっかりと抱きしめる。彼は戸惑ったように小さくその腕を彼女の背に回した。
「サイラス、あなたの知の力を信じます。弟と妹と、そして自分が生き残る道を見つけて逃げなさい」
言葉が終わると同時に、サイラスは母の身体を強く抱きしめた。
あまり母親らしいと感じた事はなかったが、彼女が自分たちを愛してくれていると深く感じた。
暫くの包容の後、王妃はサイラスの身体から離れると、自分の足元で不安そうに見上げてくる小さな姫を抱きしめた。
「シェリルファーナ、兄様たちの言う事をきちんと聞き入れ、理解し、足手まといにならないように行きなさい」
撫でつけるように髪を梳く指先に、シェリルファーナは大きな涙を浮かべた。
誰よりも両親に愛された姫は、大きな声で泣きたいのを必至で堪えながら、母の言葉に何度も何度も頷いた。
王妃はシェリルファーナの身体から少し離れると、もう一度ソルディスのもとに行き、なかなか触れる事も許されなかった愛しい王子の身体を抱きしめる。
「ソルディス。貴女は王位継承者です。あなたが居れば、王家は復活し、リディアの平和も取り戻せるでしょう。何が何でも生き延びて、家族を護るのです」
家族を護る────その言葉にソルディスは強く頷いた。
「母上も、気を付けて。そして、どのようになろうと生きてください」
ソルディスは、そういうと抱きしめてくれる母の頬に別れのキスをした。
シェリルファーナ、サイラス、クラウスという順番で彼らも別れのキスをすると自分たちが入ってきた鏡の扉の中へと入る。
最後に残ったルアンリルが、深々と王妃に頭を下げた。王妃もルアンリルに深く頭を下げてから、
「エディン卿ルアンリル・フィーナ殿。息子達を頼みます」
と、短く別れの言葉を述べた。
彼女は強く頷き、王子達に遅れて鏡の扉へと入る。
それと同時に鏡の扉は閉まり、もとの普通の姿見へと戻った。
「元気で、いきなさい」
王妃は鏡の向こうにいる子供達に告げると、先程、彼らが来る前にしていたように椅子に座った。
その視線は、一切鏡を見ることはなく、全てを隠し通すように入り口へと向けられた。
なんか段段と一話あたりの字数が増えているような気がします。できるだけ1500を目安に話をきっているのですが、やはり話の流れの区切りを考えると伸びてしまいます。
今回は、いつも小説を打っている機械が急にいうことを効かなくなったため急遽他のノートパソコンで打っています。キーボードの感触等が違ってめちゃくちゃ打ちにくい状態です。