第十一話 破られた静寂
「どうしたの、ルアン」
先程の手合いが嘘のように一つも息を乱していないソルディスがルアンリルに問いかけた。
そこでやっと当初の目的を思い出したルアンリルではあったが、どう説明するべきか言い倦ねてしまう。
「とうとう父上が何か仕掛けてきたの?」
ソルディスの問いに、ルアンリルの肩が揺れた。
「最高神官長に呼び出しを受けました」
現在、神官職の最高位についているのはバルガスの息の掛かったバンテランドという者だ。
聖司族の最高種族・精霊族の族長という立場を使い、できるだけ王と二人きりでの接触を断っていたルアンリルだったが、神殿の呼び出しだと逆らう事はできない。無碍にすれば一族と神殿との争いにまで発展する可能性があるからだ。
呼び出されたのは王宮の一角にある離宮だった。アーシアの閉じこめられているものと同じ作りのそこに、ルアンリルを呼び出したと言う事はその先にあるべき事態も次第に知れる。
「そう・・・」
わざわざ断れない相手の呼び出しにするとは、随分姑息な手段ではあるが確実な手段だ。
相手の聖職位が最高神官長とあるだけに、まだ王位を持っていないソルディスの命令では阻止する事ができない。
(それに・・・)
ソルディスは今日の朝、自分の元に届けられた父王からの伝言を思い出した。
最初は何をやるのだろうと思ったが、ルアンリルの呼び出し等で、何をしたかったのか段々と見えてきた気がした。
(どうする、べきか・・・)
手を間違えてはいけない────間違えれば、護れる者も護れなくなる。
それはソルディスが一番、身にしみて知っていることだ。
真剣に考え込んでいるソルディスの様子にルミエールとヘンリー、そしてクラウスが不思議そうな顔でこちらをみていた。
レティアは3人の後ろで怒りをたたえた瞳でこちらを見ている。
どうしようかと、心の中にある考えを形にしようとしても、発する言葉が見つからない。喘ぐように口を開けた時、不意に後ろから声がかかった。
「ソルディス・・・こんな所にいたのか」
「お兄様たち、見ぃつけた♪」
現れたのは、サイラスとシェリルファーナだった。
彼らは自分たちに寵愛をかけるバルガスの側から取り敢えず逃亡し、先に宴の席を外していたクラウスとソルディスを探していたのだ。
「兄上、シェリル・・・」
クラウスは突然現れた二人にも現状を説明しようとした。しかし、その腕を笑顔のソルディスが止める。
「待って、兄様・・・」
「あのな、ソル・・・」
ダ─────ン・・・・ッ
クラウスが何か言葉を発しようとした瞬間、遠くで破壊するような音が聞こえた。
中庭からは見えないが、城のいくつかの場所で一斉に火の手が上がったようだ。
微かに聞こえる悲鳴、声、悲鳴・・・剣戟・・・何かが起きようとしていた。
「何が、起きたんだ?」
あまりの急なことに呆然としながら、サイラスは呟いた。クラウスはそんな兄の手を急いで掴むと近くの茂みに身を隠した。茂みの中では、怯えるシェリルファーナをルアンリルが庇うように抱きしめている。
違う茂みではレティアが声を上げそうになるヘンリーの口を手で塞ぎ、ソルディスがルミエールの頭を抱き「大丈夫だから」と言い聞かせていた。
「王子、王子はどこだ!?」
鎧を着た誰かが、喚きながらこちらへと近づいてきた。その手には、すでに幾人か傷つけたのか血まみれの刃が握られている。
「王子を捕まえた奴は特別報酬だぞっ!」
違う声が荒々しく響く。ルミエールが上げそうになる悲鳴を、ソルディスは拘束する手を強くすることで押さえた。
クラウスとサイラスは自らの腰の剣を抜くと、タイミングをあわせて茂みから飛び出る。
「や・・・・あが?」
二人の刃は歓声を上げる前に二人の兵士の喉を掻き切った。噴出した紅い鮮血が二人の豪奢な衣装を汚す。
ソルディスも、ルミエールを抱えながら右手で剣を抜くと、それを左手へと持ち替えた。
「隠れてて・・・大丈夫、護るから」
「姉上を護れるな?」
ソルディスの言葉にルミエールは真剣に頷き、ヘンリーはレティアの言葉を護るようにルミエールの身体を抱きしめた。
二人は息を合わす出もなく、茂みを飛び出すと違う出口から出てきた傭兵と思しき人物達の喉を切り裂いた。
先程見せた剣舞よりももっと鮮やかな手口で、彼らは襲い来る敵を切り伏せていく。
ルアンリルはロシキスの王女たちの元へと行くと、シェリルファーナを彼女達と同じ茂みに隠し、儀礼用として持ってきていた霊剣を抜いた。
ルアンリルは4人みたいに打っては出ず、戦う術を持たない王子王女を護る事に専念した。
「王子、王女・・・ご無事ですか!?」
違う茂みを縫って出てきた人物が、戦う彼らの姿を見て、安堵の息を吐いた。
彼は応戦しているソルディスとレティアの前にでると鮮やかな太刀で全ての敵をなぎ払う。そして返す足で年長の王子達に加勢しようとした。
しかしすでにその時、クラウスは最後の敵にとどめを刺した所だった。
「さすがに強いですね・・・クラウス王子」
男はそういうと剣に付いた血を払い、鞘へと納めた。
クーデターが始まりました。
剣と魔法の世界なので、ダーンという音の元は魔法です。
大砲をだそうかと思ったのですが、それはどうも世界に逢わないのでやめました。