第38話 その殺し屋、見守る②
「よぉ、兄さんたち。寄ってたかって、何してんだ? ……俺のツレが、何か悪いことしたかい?」
世間話に混じるみたいに、男たちの前に躍り出たカーネリアン。突然割って入ってきたパラキリの少年を前に、男たちがざわめく。
(嘘でしょ? なんで、こんな無謀なことをするの?)
カーネリアンは、仮にも一国の王子だ。そんな彼が、自らこんな危険な場所に飛び込むだなんて。
自身と同じパラキリの子どもが追い詰められているとは言え、あの少年はカーネリアンからしたらただの他人だ。
それなのに「ツレ」だなんて言って、彼を庇おうとしている。
(……いや待って。カーネリアンってこんな人だっけ?)
私がゲームで知っている彼は、ここまで無謀な真似はしなかった筈。大胆な行動をするにしても、必ず何らかの裏付けや狙いがあって――
(あっ)
そこでようやく、はっとする。そうだ。今の彼は、まだ十三歳の少年だ。
年不相応な余裕や落ち着きのせいで、すっかり忘れていたけれど。今の私と同い年なのだ。
いくら、八歳の頃から街に出ていたとはいえ、世間知らずな面だってあるし、それこそ〝好奇心〟を自制する力も、まだ弱いのかもしれない。
一瞬、心臓が大きく跳ね上がる。――けれどもそこで、深く息を吸った。
いいや。いくら幼いとは言え、彼は無鉄砲な少年ではない。きっと、何か考えがあるはずだ。
今はまだ、焦る時じゃない。彼からの合図があるまで待つことにしよう。
(……でも、もしもの時は)
そう自分に言い聞かせながらも、すぐに動けるようにと、足の位置をわずかにずらす。呼吸を整え、〝ターゲット〟たちを注意深く観察することにした。
「ツレだあ?」
男の一人が、胡乱な目でカーネリアンを睨みつける。
まるで値踏みするような視線で、頭のてっぺんから足元までをゆっくりと眺めていた。
その背後で、残りの男たちがひそひそと声を落とす。
「……女か?」
「いや、男だな」
下卑た視線が行き交うが、当の本人は気にも留めていない。
「ああ、そうさ」
軽く頷き、肩を竦める。
そのまま、ごく自然な仕草で少年の側へ行き、その手を取った。その瞬間、少年の身体がびくりと震える。
「悪いね。コイツ、見ての通りまだガキでさ。何か気の障ることでもしたのかい?」
少年は、突然現れたカーネリアンに戸惑っている様子だった。
カーネリアンもそれを察したのか、一瞬だけ視線を落とす。ほんの刹那、少年と目が合う。そして、わずかに片目を細めた。
――大丈夫だ。
声に出さずとも、そう伝えるような目配せ。少年は、唇をきゅっと結び小さく頷いては、その手をそっと握り返していた。
「ツレってことは、兄貴か何かか?」
男の一人が、鼻で笑いながら言った。
「まぁ、そんなところさ」
カーネリアンは気負いもなく答える。まるで本当に、年の離れた弟を連れて歩いている兄のような口ぶりだった。
「へえ。にしては、随分と弁が達者だな?」
別の男が、からかうように口を挟む。
「ならよ、さっきからダンマリの弟にさ、口の利き方くらいちゃんと教えてやったらどうだ?」
男たちの卑下た笑い声が、じわりと広がる。
すると少年は俯き、繋がれた手にギュッと力を込めた。
その様子を横目で捉えたカーネリアンは、小さく息を吐く。
「ふぅん」
そして、少しだけ首を傾げてはこう続けた。
「見知らぬ大人に囲まれて、落ち着いて喋れる子どもの方が珍しいと思うけどな。――それとも何だ? 三人がかりで幼な子を囲むってのが、ここいらの教育方針なのかい?」
瞬間、空気がぴしりと張り詰める。
「なんだと!?」
「おっと、図星か?」
カーネリアンはニヤリと、どこか楽しげに口元を歪める。
「……まあ、冗談はさておき、だ」
そして軽く首を振り、少しだけ口調を改める。
「で、兄さんたちはどうしてコイツに寄って集まってるんだ? 確かに、コイツの手癖はちょいと悪い。そこは否定しないさ」
一拍置いて、視線で少年の胸元を示した。
「けどよ。この手に持ってる紙切れだが――俺の目には、金目のものには見えないんだよな。一体全体、どういうものなのか教えてくれないか?」
カーネリアンが鋭く言い放つと、男たちは一瞬、口を噤んだ。視線が泳ぎ、互いに目配せを交わす。その様子に、カーネリアンはわずかに片眉を上げる。
「……ちがう」
聞こえてきたのは、拒絶の言葉だった。
「ぼく、ぬすんでない……」
甲高く、喉を絞るような声だった。
少年は俯いたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「それ、みち……おちてて……」
「はぁ!?」
男の一人が、声を荒らげる。苛立ちを隠しもせず、舌打ちした。
「また、同じこと言いやがって! そんな言い訳、誰が信じるんだよ!?」
畳み掛けるような男たちの怒声が、路地に反響する。
少年はカーネリアンに縋るように身を預けるが、当のカーネリアン本人は相変わらず冷静であった。
むしろ、男たちの言葉に、僅かな違和感を覚えたのか、
「どういう意味だ?」
と目を細め、少年と義勇団の男たちをゆっくりと見比べる。
「怪しい文字で書かれた紙切れだ。密売人どもが使う、指示書や暗号書かもしれねえ」
男の一人が吐き捨てるように答えた。
「……だから回収しようと?」
「ああ、そうだ。最近、パラキリやスラム街のガキ共を使いパシリにした犯罪が、横行しているからな」
「全く、これだからウパラ人は! ソルディアの治安を乱しやがってッ!」
吐き捨てるような言葉に、空気が一段と冷え込んだ。
「お前だってそうだ!」
男の一人が、カーネリアンに向かって顎をしゃくる。
「お前、そのガキのツレなんだろ? 同じパラキリだ。――お前も〝同類〟なんだろう?」
その言葉に、視線が一斉にカーネリアンへと集まる。
(まずいな、この展開)
私は心でそう呟いては、胸を押さえたまま彼の様子を見守る。
――カーネリアンは、すぐには反応しなかった。
少年の手を取ったまま、ほんの一瞬だけ思索をするように、沈黙する。
そして息を短く吐いては、帽子の影に沈んだ漆黒の睫毛を、ゆっくりと持ち上げる。
「同類、か。――じゃあアンタらはさ、同じ血の色をしてたら、考え方も、生き方も、全部一緒だって言うのかい?」
カーネリアンは、男たちを一人ずつ、確かめるように見渡す。
指先で帽子の縁を軽く押さえては、どこか可笑しそうに口角を上げた。
「随分とおめでたい頭してるんだな? そんな考えで掲げる〝義勇〟なんざ、聞いて呆れる」
「な、なんだと!?」
カーネリアンの発言に、たじろぐ男たち。
だが、彼の口は止まることがなかった。そのまま、吐き捨てるように続ける。
「血の色や見てくれだけでしか、モノが見えないんだったら、この仕事向いてないと思うぜ? ……あぁ、いや――逆か。だからこそ、〝こう言うことしか〟出来ないのかもな!?」
「――ッ! こンの…ッ! クソガキ!! 言わせておけばッ」
男たちの表情から、余裕が完全に消える。代わりに浮かんだのは、露骨な苛立ちと敵意だった。
(あぶない!)
私は、咄嗟に脚を伸ばす。
男の一人が、腰に下げた得物へと手を伸ばすのが見えた。これはもう、ただの口論じゃ終われない。
男が、得物を振り上げたその時だ。
カーネリアンは、少年の手を素早く引き、男たちから引き離すように身を翻す。
そして――物陰で待機している、私の目の前を横切り駆け出しては、振り返りもせずに叫んだ。
嫌な予感がぞわりと、全身を駆け巡る。
「ほら、こっちだ――〝来い〟!!」
このタイミングで、例の合図。
私は、やっぱり……と項垂れるが、背後に迫る男たちの影を見て、それどころではないと顔を上げる。
「……全く、もう~~!!」
思わず文句が口から漏れるが、私の身体はすでに動いていた。
大地を蹴るこの脚は、いつものドレス姿と違って、身軽でずっと走りやすい。
そのおかげか、路地を抜けようとする少年たちの背中に追い付くのは、そう時間は掛からなかった。




