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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第三章

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第38話 その殺し屋、見守る②





「よぉ、兄さんたち。寄ってたかって、何してんだ? ……俺のツレが、何か悪いことしたかい?」


 世間話に混じるみたいに、男たちの前に躍り出たカーネリアン。突然割って入ってきたパラキリの少年を前に、男たちがざわめく。


(嘘でしょ? なんで、こんな無謀なことをするの?)


 カーネリアンは、仮にも一国の王子だ。そんな彼が、自らこんな危険な場所に飛び込むだなんて。


 自身と同じパラキリの子どもが追い詰められているとは言え、あの少年はカーネリアンからしたらただの他人だ。


 それなのに「ツレ」だなんて言って、彼を庇おうとしている。


(……いや待って。カーネリアンってこんな人だっけ?)


 私がゲームで知っている彼は、ここまで無謀な真似はしなかった筈。大胆な行動をするにしても、必ず何らかの裏付けや狙いがあって――


(あっ)


 そこでようやく、はっとする。そうだ。今の彼は、まだ十三歳の少年だ。


 年不相応な余裕や落ち着きのせいで、すっかり忘れていたけれど。今の私と同い年なのだ。


 いくら、八歳の頃から街に出ていたとはいえ、世間知らずな面だってあるし、それこそ〝好奇心〟を自制する力も、まだ弱いのかもしれない。


 一瞬、心臓が大きく跳ね上がる。――けれどもそこで、深く息を吸った。


 いいや。いくら幼いとは言え、彼は無鉄砲な少年ではない。きっと、何か考えがあるはずだ。


 今はまだ、焦る時じゃない。彼からの合図があるまで待つことにしよう。


(……でも、もしもの時は)


 そう自分に言い聞かせながらも、すぐに動けるようにと、足の位置をわずかにずらす。呼吸を整え、〝ターゲット〟たちを注意深く観察することにした。




「ツレだあ?」


 男の一人が、胡乱(うろん)な目でカーネリアンを睨みつける。


 まるで値踏みするような視線で、頭のてっぺんから足元までをゆっくりと眺めていた。


 その背後で、残りの男たちがひそひそと声を落とす。


「……女か?」


「いや、男だな」


 下卑(ひげ)た視線が行き交うが、当の本人は気にも留めていない。


「ああ、そうさ」


 軽く頷き、肩を竦める。


 そのまま、ごく自然な仕草で少年の側へ行き、その手を取った。その瞬間、少年の身体がびくりと震える。


「悪いね。コイツ、見ての通りまだガキでさ。何か気の障ることでもしたのかい?」


 少年は、突然現れたカーネリアンに戸惑っている様子だった。

 カーネリアンもそれを察したのか、一瞬だけ視線を落とす。ほんの刹那、少年と目が合う。そして、わずかに片目を細めた。


 ――大丈夫だ。


 声に出さずとも、そう伝えるような目配せ。少年は、唇をきゅっと結び小さく頷いては、その手をそっと握り返していた。


「ツレってことは、兄貴か何かか?」


 男の一人が、鼻で笑いながら言った。


「まぁ、そんなところさ」


 カーネリアンは気負いもなく答える。まるで本当に、年の離れた弟を連れて歩いている兄のような口ぶりだった。


「へえ。にしては、随分と弁が達者だな?」


 別の男が、からかうように口を挟む。


「ならよ、さっきからダンマリの弟にさ、口の利き方くらいちゃんと教えてやったらどうだ?」


 男たちの卑下た笑い声が、じわりと広がる。

 すると少年は俯き、繋がれた手にギュッと力を込めた。


 その様子を横目で捉えたカーネリアンは、小さく息を吐く。


「ふぅん」


 そして、少しだけ首を傾げてはこう続けた。


「見知らぬ大人に囲まれて、落ち着いて喋れる子どもの方が珍しいと思うけどな。――それとも何だ? 三人がかりで幼な子を囲むってのが、ここいらの教育方針なのかい?」


 瞬間、空気がぴしりと張り詰める。


「なんだと!?」


「おっと、図星か?」


 カーネリアンはニヤリと、どこか楽しげに口元を歪める。


「……まあ、冗談はさておき、だ」


 そして軽く首を振り、少しだけ口調を改める。


「で、兄さんたちはどうしてコイツに寄って集まってるんだ? 確かに、コイツの手癖はちょいと悪い。そこは否定しないさ」


 一拍置いて、視線で少年の胸元を示した。


「けどよ。この手に持ってる紙切れだが――俺の目には、金目のものには見えないんだよな。一体全体、どういうものなのか教えてくれないか?」


 カーネリアンが鋭く言い放つと、男たちは一瞬、口を噤んだ。視線が泳ぎ、互いに目配せを交わす。その様子に、カーネリアンはわずかに片眉を上げる。


「……ちがう」


 聞こえてきたのは、拒絶の言葉だった。


「ぼく、ぬすんでない……」


 甲高く、喉を絞るような声だった。

 少年は俯いたまま、ゆっくりと首を横に振った。


「それ、みち……おちてて……」


「はぁ!?」


 男の一人が、声を荒らげる。苛立ちを隠しもせず、舌打ちした。


「また、同じこと言いやがって! そんな言い訳、誰が信じるんだよ!?」


 畳み掛けるような男たちの怒声が、路地に反響する。


 少年はカーネリアンに縋るように身を預けるが、当のカーネリアン本人は相変わらず冷静であった。


 むしろ、男たちの言葉に、僅かな違和感を覚えたのか、


「どういう意味だ?」


 と目を細め、少年と義勇団の男たちをゆっくりと見比べる。


「怪しい文字で書かれた紙切れだ。密売人どもが使う、指示書や暗号書かもしれねえ」


 男の一人が吐き捨てるように答えた。


「……だから回収しようと?」


「ああ、そうだ。最近、パラキリやスラム街のガキ共を使いパシリにした犯罪が、横行しているからな」


「全く、これだからウパラ人は! ソルディアの治安を乱しやがってッ!」


 吐き捨てるような言葉に、空気が一段と冷え込んだ。


「お前だってそうだ!」


 男の一人が、カーネリアンに向かって顎をしゃくる。


「お前、そのガキのツレなんだろ? 同じパラキリだ。――お前も〝同類〟なんだろう?」


 その言葉に、視線が一斉にカーネリアンへと集まる。


(まずいな、この展開)


 私は心でそう呟いては、胸を押さえたまま彼の様子を見守る。


 ――カーネリアンは、すぐには反応しなかった。

 少年の手を取ったまま、ほんの一瞬だけ思索をするように、沈黙する。


 そして息を短く吐いては、帽子の影に沈んだ漆黒の睫毛を、ゆっくりと持ち上げる。


「同類、か。――じゃあアンタらはさ、同じ血の色をしてたら、考え方も、生き方も、全部一緒だって言うのかい?」


 カーネリアンは、男たちを一人ずつ、確かめるように見渡す。


 指先で帽子の縁を軽く押さえては、どこか可笑しそうに口角を上げた。


「随分とおめでたい頭してるんだな? そんな考えで掲げる〝義勇〟なんざ、聞いて呆れる」


「な、なんだと!?」


 カーネリアンの発言に、たじろぐ男たち。

 だが、彼の口は止まることがなかった。そのまま、吐き捨てるように続ける。


「血の色や見てくれだけでしか、モノが見えないんだったら、この仕事向いてないと思うぜ? ……あぁ、いや――逆か。だからこそ、〝こう言うことしか〟出来ないのかもな!?」


「――ッ! こンの…ッ! クソガキ!! 言わせておけばッ」


 男たちの表情から、余裕が完全に消える。代わりに浮かんだのは、露骨な苛立ちと敵意だった。


(あぶない!)


 私は、咄嗟に脚を伸ばす。


 男の一人が、腰に下げた得物へと手を伸ばすのが見えた。これはもう、ただの口論じゃ終われない。


 男が、得物を振り上げたその時だ。


 カーネリアンは、少年の手を素早く引き、男たちから引き離すように身を翻す。


 そして――物陰で待機している、私の目の前を横切り駆け出しては、振り返りもせずに叫んだ。


 嫌な予感がぞわりと、全身を駆け巡る。


「ほら、こっちだ――〝来い〟!!」


 このタイミングで、例の合図。


 私は、やっぱり……と項垂れるが、背後に迫る男たちの影を見て、それどころではないと顔を上げる。


「……全く、もう~~!!」


 思わず文句が口から漏れるが、私の身体はすでに動いていた。


 大地を蹴るこの脚は、いつものドレス姿と違って、身軽でずっと走りやすい。


 そのおかげか、路地を抜けようとする少年たちの背中に追い付くのは、そう時間は掛からなかった。




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