第3話 その殺し屋、お茶会へ行く
明らかに動揺しているメイド服の女性と見つめ合うこと、約二秒。
私は、必死で言い訳を考えていた。
(何かそれっぽい理由…! 何かそれっぽい理由……!)
だけど、頭の中は焦れば焦るほど真っ白になっていく。かつての、仕事中の私だったら、もっと機転が利いたはずなのに!
……いや、そもそもその頃は、ベッドの下に潜るような状況になったことなんてなかったけど。
ふと視線をそらすと、白い毛並みのウサギのような、動物のぬいぐるみが目に入った。赤いガラス玉の瞳が、仄かに光を反射している。
これを使おう! と閃きのまま、私はベッドの下からぬるりと這い出しては、
「え、えっと~~この子が落ちちゃって! その、可哀想だから……か、回収じゃなくて! た、助けてあげてたの……!」
手に持ったウサギのぬいぐるみを高々と掲げ、苦しい言い訳を繰り出す。
子どもっぽい口調って、こんな感じでいいの? 普段の私らしくない話し方だし、自分の中では違和感しかない。
内心ヒヤヒヤしながら、恐る恐るメイド服の女性をチラリと窺う。
女性は一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐにお淑やかな微笑みを作り直した。
「……まあ、そうでしたのね。そういうことでしたらば、このアメリアにお申し付けくだされば。しかし、流石はお嬢様です。ご慈愛のお心をお持ちでいらっしゃいますのね」
そう言いながら、彼女はその笑みを一層深めた。
私は――ふぅ、と心の中で安堵する。どうやら無事に、誤魔化せたようだ。
先ほど自身をアメリアと言ったこの女性は、私付きのメイドらしい。
艶やかな黒髪に、紫水晶のように澄んだ切長の瞳。グラスコードの付いた丸眼鏡がクラシカルで、彼女の知的な雰囲気をよく引き立てていた。
高身長で、体型もスラッとしている。姿勢が良く、その凛とした立ち姿がなんとも印象的だった。
アメリアは私が掲げたぬいぐるみを、長い腕で優しく受け取ると、部屋の隅に用意されていた可愛らしいバスケットに収める。
その動作は一切の無駄がなく、静かで、それでいてとても優雅だった。その洗練された動きに、私は思わず心の中で拍手を送る。
そうこうしているうちに、アメリアはこちらへ向き直り、にっこりと微笑んだ。
「それでは、お嬢様。これよりご支度を始めさせていただきますわね」
「……えっ、ご支度って?」
その言葉の意味を理解する間もなく、私はいつの間にか増えていた数名のメイド達に囲まれ、わらわらと手際よく薄い寝間着を脱がされた。
――メイド達の手際の良さは、凄まじいものだった。
いつもだったらこんなふうに四方八方を囲まれても、間をすり抜けることなど、朝飯前だったはずなのに。
相手が無害なメイドたちだという認識と、状況が飲み込めないパニックが同時に押し寄せ、私はただただ棒立ちになるしかなかった。
(……へっ!? 何? 何これ……?)
寝間着を脱がされたと思ったら、ひらひらと広がる、フリルとレースだらけのドレスに着せ替えられ、いつの間にか髪の毛も、どこから取り出したのかわからない櫛とピンで、丁寧に整えられていく。
豊かで、ふわふわの濃紺の髪は、左右でふんわりとしたツインテールに結われ、身体に柔らかく沿うフリルたっぷりのドレスは、私の瞳の色に合わせた鮮やかな青。
白くフリフリとしたチュール素材のエプロンに、胸元には細かい刺繍入りのリボン。
そして、ブルーサファイアを思わせる、きらきらと輝く宝石のブローチまであしらわれていた。
(嘘でしょ、信じられない……)
思わず身体が震えてしまう。かつて、〝魔女〟とまで呼ばれた殺し屋である私が素人相手に手も脚も出せず、こんな姿になってしまうだなんて。それにしても――
(か、可愛い~~~~!!!!)
鏡に映った自分の愛らしさに言葉を失ってしまった。
前世では背が高く、顔立ちも実年齢より年上に見られがちだった私。どうしても、こういう可愛い系の服は似合わなかった。けれど今は――似合ってる。似合ってしまっている。
まるで、不思議の国へ迷い込んだ童話の主人公みたいだ。
その可愛らしさに、前世から秘めていた憧れが一気に溢れ出し、胸の高鳴りが止まらない。
「すごい、夢みたい……」
ぽそりと心の呟きが漏れそうになった、その瞬間。部屋の空気が一気に変わった。
「まあ! お嬢様ったら、何て可愛らしいのかしら!」
「まるで愛らしい天使様のようです!」
いつの間にか後ろに並んでいたメイドたちが、わっと歓声を上げる。
まるで、アイドルに声援を送るファンのごとき熱量で、私を褒め称え始めた。
「えっ、えっ……?」
突然の賛辞ラッシュに、私は戸惑うしかない。頬が、じんわりと熱くなる。
「……あ、ありがとうございます」
ぎこちなくお礼を言うと、今度はメイドたちが「!!」と驚いた顔をした。ぱちぱちと瞬きし、互いに目を合わせ、小さくざわつく。
(…あれ? 私、何か変なこと言った?)
私は困惑しながら、きょろきょろと彼女たちを見回す。
その時、すっとメイドたちの間から一歩前に出てきたのが、先ほどのアメリアだった。
「お嬢様。ご存知かと思いますが、本日ご参加予定の第三王子殿下ご主催のお茶会について、旦那様からお手紙を預かっております」
優雅に一礼しながら、アメリアは小さな封筒を私に差し出した。封には、金色の蝋印が押されている。
(旦那様……?)
私は、ちょっとだけ重たくなった胸を押さえながら、その封筒を受け取った。
アメリアから受け取った封筒は、見るからに上質な物だった。彼女が旦那様と呼ぶということは、私の父親からなのだろう。
良いところのお嬢様である私の父親ということは、それなりの働きをしている、または身分の人である可能性が高い。
わざわざ手紙で娘に伝えたい事があるだなんて、筆まめな人なのかもしれない。
もしかして一緒に暮らして居ないとか…? と、あらゆる憶測を思い浮かべながら、封を切る。
中から出てきたのはたった一枚の便箋。まるで業務連絡のような、無機質な筆致でこう書かれていた。
【本日のお茶会の席にて、第三王子を地下倉庫へ誘導するように】
(……え?)
一瞬、脳内にクエスチョンマークが大量発生した。
なに、これ。もっとこう、「お茶会楽しんで」みたいな、親らしい愛のある言葉が綴られているかと思ったのに。
(というか、これって……業務指示のそれでは?)
しかも内容が物騒。地下? 倉庫? 王子? どれもこれも予断を許さない単語だ。
これは一体、どういう意味なのだろう。暗号か、あるいは実にストレートな犯行指示か。
もしや、事故に見せかけて、王子を始末する指示なのでは?
と、殺し屋脳が誇る最悪の憶測が脳裏を過ぎる。
いやいやいや! まさか転生してまで、そんなことにはならないでしょ。
このどっからどう見ても可憐で可愛い、虫すら殺せなさそうな儚げお嬢様に、そんな依頼をする親がどこに居ると言うのだろう。
いや。私の「叔父」みたいな人なら、あり得るのか。でもここはそういう世界ではない、筈。
(……だよね?)
運良く、こんなに可愛くて且つ良いところのお嬢様という、超高待遇転生をしたと言うのに。
昔から憧れていた、普通の女の子の人生を歩めそうだったのに。私の輪廻はそういう運命なのだろうか。先ほどまで希望に満ちていた気持ちが、空気が抜けるように萎んでいく。
そして私は今になってふと、重大なことに気が付いた。
「……王子主催の、お茶会?」
思わず口からこぼれ落ちた言葉に、アメリアがすかさず頷いた。
「はい。先ほども申し上げました通り、本日は第三王子殿下ご主催のお茶会にご招待されております。すでにお屋敷前に馬車をご用意しておりますので、間もなくご出発となりますわ」
「間もなく……?」
私は、訳も分からぬままそのまま、アメリアに案内され、柔らかな絨毯を踏みながら玄関ホールへ出る。そこには黒と白金を基調とした、繊細な装飾の施された四頭立ての馬車が停まっていた。
「では、参りましょう」
アメリアの手に導かれて、私は混乱した頭のまま馬車へと乗り込む。
――前世の記憶が蘇ってから、体感四十分ちょい。
ドレスアップして、メイドたちに囲まれて、父親から手紙を受け取り、第三王子を地下倉庫に誘導しろと言われた今。私は、今生最大のピンチを迎えようとしていた。




