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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第二章

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第19話 その殺し屋、再会する①



 待ち合わせ時間である午後二時を告げる鐘が鳴る少し前、私とアメリアはようやく時計台広場へと戻ってきた。


 ここへ至るまでの道中、アメリアからのお説教タイムが展開され、私はすでに心身ともにヘトヘトになっていた。


(はぁ……また……やってしまった……)


 つい、逃げる子どもの動線が追えてしまったから。見えているのに、そのまま見過ごすことが出来なかったから。


 ――後先考えずに飛び出して、周囲に迷惑をかけて、アメリアを心配させてしまった。


 どうして私って、いつもこうなのだろう。


 思い立ったらすぐ行動――前世の頃から抜けない悪癖。そんな自分に嫌気が差して、私は肩を落としトボトボと歩く。


 すると、更なる追い討ちを掛けるように、アメリアが静かに口を開いた。


「お嬢様。再三申し上げますが、もう少しご自身のお立場をお考えくださいませ」


 表情や口調こそいつもの彼女の調子だが、その言葉の端々には厳しさが滲んでいる。


「……はい」


「お嬢様は、仮にも〝聖女候補〟と目されるお方なのですよ。今回は何事もなくて済みましたが、もしものことがありましたら……どうなさるおつもりでしたか?」


 ……その通りすぎて、何も言い返せない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「――それと、見知らぬ方に声を掛けられても、まずは応じないようにしてください。たとえそれが善意からのものだったとしても、です」


(たとえ善意でも、かあ)


 確かに、私の立場を考えるとアメリアの言う通りだ。……でも、あの時エメルドが来てくれたから、この事件は無事に収まった訳で。


 盗まれたブローチも戻って、あの時のご令嬢もきっと安心した筈だし、それに、スリの子だって――。


(あの子、あれからどうなるのかな。確かエメルドが〝パラキリ〟って言ってたけどそれって…)


「お嬢様?いかがなさいましたか」


「あ、ううん。ごめんね、アメリア。今後は気を付け……ます」


「そのお言葉、くれぐれもお忘れにならないでくださいね」


 溜め息混じりにアメリアはそう言って、苦笑いを浮かべる。どこか諦めているような、彼女らしくない笑い方だ。


 彼女が私を心配して見守ってくれているのは、ちゃんと伝わっている。


 だからこそ、彼女がこれ以上ため息を吐かないように、本当に気を付けないと。






 そうこう話している内に、広場の中心が見えてきた。その瞬間、顔を上げた私の視界の先には――。


「あっ……!」


 待ち合わせ時刻より少し早いはずなのに、ルベルはすでに広場に立っていた。


 そしてその隣には、これまた見覚えのある淡い赤紫色の髪をした中年男性の姿があった。


 騎士団の制服こそ身につけているものの、どこか気怠げな立ち姿で、背筋は軽く丸まり、姿勢がいいとは言えない。


 けれども、彼はルベルの隣に当たり前のように立っていた。


(……もしかして、モルガンおじさん!?!?)


 私の心の中の〈カナ∽クォ〉オタクが、全力で叫び出す。


 間違いない。この特徴的な髪色に猫背。一見モブキャラ風なのに、にじむ只者ではない雰囲気。間違いなく、王宮騎士団副団長モルガン・ピアポント卿だ。


 モルガンはベリロス家の遠縁にあたる家の出で、ヘリオドール卿の従兄弟(いとこ)――つまり、エメルドにとっては従兄弟叔父に当たる人物だ。


 彼もまた〈カナ∽クォ〉のユニットキャラクターで、普段は軽口を叩く飄々とした〝昼行燈(ひるあんどん)オジさん〟なのだが、実は頭脳明晰で戦略眼にも優れた実力者。


 そんな人に、まさか現実で出会える日が来ようとは――。


 感動の波に打ちひしがれていると、私たちの到着に気づいたモルガンが、ルベルにそっと耳打ちをして何かを伝えていた。そのタイミングで、ルベルが顔を上げる。


 そして、目が合った。


「サフィラ!」


 ルベルは私の名を呼ぶと、ルビーの瞳を一瞬瞬かせては柔和な弧を描く。大きな瞳が輝き、まるでその微笑みの形に、光が宿ったようだった。


 その瞬間、私の脳内で本来は鳴っていない効果音がシャラララ~と盛大に流れた。


(ウッッッッッ………眩しッ……!!)


 あまりの神々しさに思わず目を細め、ルベルのオーラに圧倒される私。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 その横でアメリアが一歩前に出て、ルベルとモルガンそれぞれに軽く目配せを送りながら、深々と頭を下げた。いけない、私もちゃんとお詫びしないと。


「本当にすみません、私のせいで……お待たせしてしまいました」


 私はアメリアに続いて頭を下げ、ちらりとルベル達の顔を窺う。


 すると彼は、先程と変わらぬ微笑みで――


「ううん、ちゃんと時間通りだし、全然問題ないよ。今日は来てくれて、ありがとう」


 首を横に振りながら、柔らかくそう言ってくれた。その言葉が、心の奥をふわりと撫でる。


 優しすぎる……どうしてこんなに優しいの、ルベル……!


 ルベルの笑顔が眩しすぎて、直視できずに思わず視線を逸らす。ほんの少し、目頭と胸の奥がじんわり熱くなった。


 そんな私たちのやり取りを、隣に控えていた淡い赤紫の髪の中年男性――モルガンが、ふふっと目元を細めながら見守っていた。


「いやはや、微笑ましいですなあ」


 と、どこかおどけた調子で口を開くと、深々と一礼をする。


「サフィラ様、お初にお目に掛かります。アタシはモルガン・ピアポントと申します。王宮騎士団の副団長を務めております。以後、お見知りおきを」


 モルガンが名乗りを終えると、私はその姿をまじまじと見つめてしまった。


「よ、よろしくお願いします。モルガン卿」


 ほ、本物だあ……。


 あの猫背気味の立ち姿も、飄々とした話し方も、完全に〝モルガンおじさん〟そのままだ。


(ていうか、近くで見ると……意外と、かっこいい……?)


 控えめながら鋭い眼差し、癖のある笑い方、そして何より、高位の騎士らしく品のある立ち振る舞い。


 なるほど、流石はエメルドの叔父さんだ。遠縁とは言え血の繋がりに納得である。


 私がルベルとモルガンの登場に興奮していると、アメリアが不思議そうに首を傾げて、話を切り出す。


「……本日は、モルガン副団長様がご一緒なのですね?別の護衛の方がいらっしゃると伺っておりましたが」


「ああ、その件なんですがねぇ」


 モルガンが頭を掻きながら答えかけたその時だった。


 ――タッタッタッタッ!


 小気味よく響く足音が、石畳の向こうから勢いよく近づいてくる。


 私たちが一斉にそちらを振り返ると、樹々の陰から、見覚えのある青年が駆けてくる姿が目に飛び込んできた。


「間に……合ったか?」


 肩で息をしながら、青年――エメルドはその場に滑り込むように立ち止まる。


 シャツのボタンは外れ、裾が少しだけ乱れている。鳶色の癖っ毛も、汗で額に張り付いていた。


「合ってませんよ、エメルド坊ちゃん。アンタは遅刻です。ちーこーく」


 隣で、モルガンがため息交じりに呟いた。


「全く! 殿下のお迎え放って、どこで油を売ってたんです? お陰でアタシが駆り出されるハメになったんですからね!?」


 場所が場所なので声のボリュームこそ小さめだが、その言葉には叱咤(しった)するような厳しさが伺える。


「いやいや、これには深~い理由があるんだって!」


 エメルドは、モルガンの顔を見てはバツの悪そうな表情を浮かべる。そして、彼から視線を逸らそうとしたその時、


「……ってあれ、やっぱりキミ、さっきのお嬢さんだよな!? どうしてここに――」


 ぐい、と前のめりになりながら、エメルドの視線が私に定まった。そして、私がここに居る理由がわかったのか、ワナワナと口元を震わせる。


「キミ……いや、もしかして、アナタがサフィラ様!?」


 大きなエメラルドグリーンの瞳を見開かせ、目を白黒させて驚いている。


「えっ! エメルド、サフィラと知り合いだったの?」


 ルベルがびっくりした顔でそう言うと、エメルドは小さく頷いた。





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