本を愛する自由な彼女
あなたも本が好きですか?
彼女は今日も行儀悪く窓辺に体育座りをして本を読んでいた。たまに、鬱陶しそうに長い三つ編みを手で払う。「面白いですか?」と訊くと、聞こえてないようで何も言わずに頁をめくった。
無視をしたのではない。今は本に集中しているのだ。
彼女はとても自由に、人生を歩んでいる。
早朝の特別教室は、暗黙のルールで彼女と私だけが使えるようになっていた。というよりも、避けて他の生徒が使っていなかった。他にも教室や図書室や職員室前のコーナーで勉強をできるので問題はないが、後ろめたさもある。
彼女は何でもできる天才だが、変わっている。とてつもなく失礼な言い方だが、バカと天才は紙一重という言葉はまさにその通りだな、と思ってしまう。
だから、みんなは、変わっていることで有名な彼女と、謎に一緒にいる私を遠ざけている。
私は彼女の斜め前の位置の席に座り、テスト勉強をしていた。
彼女は疑問点はすぐに解決する。授業の最中に手を挙げ、何故かを問い解決する。教師陣が答えられない問いかけは、先生の宿題である。若しくは、彼女と同じくらい頭の良い生徒に「ここ何?」と質問攻めするのだ。
彼女は、はてなが浮かんだら、消えるまで思考をやめない。だからこそどの教科も百点をとる。元々の頭の良さもあるだろう。
「なんで僕に訊かないの?」
ある問題で私が手を止めていると、彼女が珍しく質問してきた。私に対する興味は何も無い、というよりも他のものへの興味が強すぎて、いつも私はスルーされている。本を読んでいたのでは? と思って見ると、本は閉じられていて、栞をひらひらとさせていた。どうやら読み終えたらしい。
「僕に訊いたら教えてあげれるのに」
彼女は彼女が私より優れていることを知っている。
「解けないのが悔しいのですよ。」
「タイムイズマネー。その変なプライドは捨てちゃえば?」
「私もそう思います。」
「君は変だね」
「私もそう思いますが、あなたもなかなか変わってますよ。先ほどの本はいかがでしたか?」
途中で失礼な、と目が険しくなるが本の話題になり、彼女はくるりとその場で回る。「最高!」と満面の笑みを浮かべた。
「珍しいですね。あなたがそんな風に絶賛するなんて、滅多にないです。」
彼女は本の虫だった。私も読書は好きだが、要領が悪く宿題や普段の勉強に誰よりも時間がかかってしまう。故に、大好きな読書の時間は限られている。彼女は一日に三冊は読んでいるだろう。年間千冊かそれに近い数だ。彼女自身が、極上に面白いと思える作品は限られている。 ――舌が肥えているの本バージョンの言葉は何と言ったら良いのだろうか、と考えていると、彼女が私の肩をガッと掴み、ぐわんぐわんと揺らした。
どこまでも我が道を行くのが、彼女だ。
「久しぶりだよ! 僕にも展開が読めなくて興味深かった! 君も」
気にいるでしょうね、気にいるだろうね、と二人でハモった。
「どんなお話か楽しみです。」
「うん! 君も僕と同じことを思うはずだ! 早く読んで感想を聞かせてほしいよ」
「図書室にあったのですか?」
彼女は黙って首を振る。
「では買ったのですか?」
「そう。本屋で会ったんだ」
彼女は本に出会う、と言う。人に会ったように大切に言うのだ。
「では、図書室で探してみましょう」
「うん。あるかな? 困ったことに好きな箇所を読み返したいからまだ君には貸せないんだ」
「気にしませんよ。思う存分読んでください。」
決まったらすぐに行動する。それが彼女の決まりだ。
私は急いで机に置いていた教科書やシャープペンシルを鞄に入れていると、彼女に早く早く、と急かされた。
彼女はこうと決めたらこうする。 一秒足りとも遅くなることを許さない。
私は、もたもたと動きが遅い。「待ってください。」という度に「早く!」「まだ?」と怒号が飛んできた。隣の教室は三年生の教室だから大きな声はまずい。怒られるなんてことは、彼女の頭の中にない。
今あるのは、本を見つけることだ。
私は彼女の我儘っぷりに振り回されているのだろう。だが、孤高な彼女でも、誰かと何かを分かち合いたいのだな、と思うと嬉しくなりそのまま聞き入れてしまう。
それに、彼女の好きな本は、私にとっても、好きな本になるのだ。類は友を呼ぶのだろうか? 私も、彼女の好きだと言った本はお気に入りの一冊になる。誕生日のプレゼントのお返しはどうしたらいいか問われた時には、好きな小説がいいとお願いしているくらいだ。
私は彼女になりたいのかもしれない。私にできないことが出来て、私が気にすることを気にしない。自由なところに憧れているのかもしれない。
結局、「やっぱ読み返したい! 今すぐ!」と言い、本を開きその場で立ったまま読み始めたので、私は勉強を再開した。
彼女は私に怒ったのではない。率直に読みたくなっただけなのだ。
その後。朝の勉強の時間に騒いでいたと彼女の怒号に対して、先生に怒られた。彼女は演技も上手い。反抗して事を荒立てるよりも、嘘でも謝って終わりにしたいのだろう。私も見習ってしんみりする。「申し訳ありませんでした」と震える声で言い、深々と頭を下げた。
即許されたのだが、私だけ残るようにと言われ、先生が別室に招いて下さった。わざわざパイプ椅子を持ってきて下さり、手厚いおもてなしに「すみません」と私は恐縮する。
「佐野さんが宮沢さんの友達になってくれて先生助かってるよ。大変でしょう? 叱ってごめんなさいね……山岡先生から受験の生徒がいる大切な時期にってチクチク言われてしまったのよ〜」
先生にも上下関係がある。長く歴史のある学校だ。先生が生徒の時には、既に教鞭をとっている先生もたくさんいる。元生徒で今は職場が一緒だったり、役職が上だと何も言えないのだ。生徒の私たちでも、それくらいの事情は察した。山岡先生の目の前で、形式的に私たちを叱らないといけなかったのだ。
「いいえ、騒いだのは事実です。反省しています」
しかし、だ。引っかかることがある。
「私が宮沢さんとお友達になりたいと思っただけです。」
「……そっか。」
「はい。宮沢さんはとても自由奔放です。そしてとても素直です。例えば、私が宮沢さんにとって嫌なことを言うと、すぐに怒ります。他の人なら、陰で悪口を言うか、ストレスを溜めたまま飲み込んでしまうでしょう。だから安心して一緒に居られるのです。」
先生はふふ、と合点がいったという表情をして笑った。
「宮沢さんは良い友達を持ったね。佐野さんも良い友達を持ったのね。」
先生はごめんなさいね。青春を楽しんで。と言って送り出してくれた。
授業の後の休憩時間、「バナナちゃんに怒られた?」と彼女が心配して駆け寄り、声をかけてくれた。バナナちゃんは、さっき話をした担任の先生の愛称である。
「いいえ」とだけ答えた。
「そお? じゃあ本を探しに行こ!」
心配……していたのだろうか? と言うくらいのあっさりさである。いつものことだ。
本を見つけ、すぐに借りると教室に戻った。「早く読んで。でもじっくり丁寧に! 説明のところとか端折らないで読んで!」と早口で私に言う。
「わかりました。」
「もう読んで!」
「歩き読書は危ないですよ。」
「僕が周り見ておくから大丈夫」
「そういう問題ではありません。」
「次の授業で読み始めて!」
「ええっいけませんよ!」
「バナナちゃんが次は自習だって言ってたよ?」
「むむ、悩みますね……」
数年後、私たちは成人を迎えた。
学校という共通の場所を失っても、連絡を取り、好きな作品のことをよく話した。そして自由なところは変わっていない。
あの本は映画化されることになり、公開初日の朝一の上映時間で観ようと彼から連絡が来た。会うのは久しぶりだ。
やはり一番じゃないと駄目らしい。
「オレの愛している世界だ。オレが一番先に観るんだ」と言っていた。
映画化に反対するかと思ったが、「観るまではわからない。んー、少なくともオレが調べたら監督がこの作品の超ファンで原作を大事にしていたし! 先生も絶賛してたから間違いないね。何より、ゲスト声優に初ちゃんが出てるから百点だ。行こう」と言っていた。
さあ、オレ達が一番先にパンフレット買おう! あとグッズも! と彼は歩き出す。
髪型は三つ編みではなく、短い。
服装も髪色も変わった。
『彼』はもう『彼女』ではない。
校則から解放され、彼の会社の決まりの中で、許される自由の中で、好きな髪型にし、好きな髪色にしている。
でも、何一つ変わっていない。
彼は自由に人生を歩んでいる。
だが、見えないところで窮屈に感じることもあるだろう。
厳密に言うとなんと言えばいいのだろう。自由だが果てしなく自由なわけではないことに気がついた私は、彼に訊いてみることにした。
「え? 自由に生きてる人なんて一人もいないんじゃない? 世の中すげー厳しいしさ。ま、強いて言うなら」
世界で一番自由に生きてそうな人、なんじゃない?
適当だが的確な答えに、私はなるほど、と思った。
きっと、思ってはいないが彼もそうなのだろう。
「またどーでもいいこと考えてんの? ねえ。そんなことよりさ、グッズ何買う?」
私たちは上映前まで、あの時と変わらぬまま話し続けた。
※ネタバレを含みます。
二年前に書いた作品です。
主人公は自由でいたいと願いながら、
比較的自由に振る舞っている友人に憧れを抱いています。
しかし、その友人も本当に自由ではないのです。
その答えが出ないまま書き続けていった先に、キャラクターが勝手に話し、動き出して答えを教えてくれたのです。
最後までお読み頂きありがとうございました。
連載中の長編作品、「私たちは、あなたの輝かしい過去を一冊の本にし、夢を通してお見せします。」も何卒よろしくお願い致します。
あなたの幸せを私と私と共に歩んでくれているキャラクター達はずっと祈っておりますよ。




