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歴史はドラマだ!~歴史の裏道からひょんなところに繋がる日本史~  作者: 黒武者 因幡


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諏訪大社の歴史の裏道③ 物部守屋って知ってますか?

ちょっと長くなった諏訪の神話の考察

目から鱗な話が満載だと思います

※あ、自分でいっちゃった!

 何だか諏訪の話に取り組み続けなければならない流れになってしまってますなあ。

 いや、本当はもっといろんな時代や地域にお邪魔したいなと思ってますが、かといって自分の住む諏訪についてある程度書かないとなあ、という想いもあります。

 

 要するに、中途半端な想いに陥っているという奴ですね!

 ですので、あと何回かは諏訪の歴史から関わる分野を書いていこうと思ってるんです。


 で、今回は諏訪大社の神話です。

 諏訪大社の神は、建御名方神タケミナカタノカミと言います。父親は、大国主命オオクニヌシノミコトです。出雲大社の神様ですね。

 

 ことの発端は、大国主命オオクニヌシノミコトが国譲りに関して、否定しないもんだから、息子の建御名方神タケミナカタノカミが、「俺は認めねえぜ」と怒った。御名方

 で、天照大神(アマテラスオオミカミ側と対決を選択。武闘派の建御雷神タケミカヅチノカミと争って負けます。


 建御名方神タケミナカタノカミは、諏訪に逃れて、「もうこの諏訪の地から出ないので許してください」と言って、許されて、諏訪大社の神になったという話です。


 「負けを知ったからこそ、勝つことの本当の意味がわかる」

 ということがわかりませんが、諏訪大社は武将の守り神であり、勝ち運の神でもあります。


まあ、そんな神話から考察!


 たいてい、神話というのは、元になる史実をベースに作られていると言われます。


 そして、日本は怨霊を非常に怖れます。恨みをもって亡くなった人は、その恨みを晴らすために悪霊や怨霊となって祟るというものです。この辺りは、崇徳上皇や菅原道真などの話で理解できる人も多いと思います。


 その怨霊を、なんと神にして称えれば、我らを守る神になってくれるという(なんとも都合のいい)考え方が、日本にはあります。その代表例が、菅原道真=天神様であり、平将門=神田明神 です。


 で、その考え方は、平安時代ころに急に出てきたわけではないと思うんです。

きっと昔から、そうした考えかたは連綿と受け継がれてきた。


で、あれば、出雲の国譲りは、朝廷側の出雲における戦乱が激しく、それで亡くなった別種の王権に対しての鎮魂であるかも知れません。そして、それは諏訪もその例に当てはまるのではないかと思います。


 こうした神話が書かれているのは、主に古事記です。稗田阿礼が暗誦し、太安万侶が記述したと伝えられるこの「古事記」は、和銅5年(712年)に元明天皇に献上されたものです。これ以前の歴史を描いた記述書はないとされています。


 そんなことはない、と思う方もいるでしょう。しかし、ないのです。実際には「あった」ということなのですが、その史書は、大化の改新に始まりである乙巳の変で、蘇我邸とともに燃えたとされています。


 じゃ、諏訪の神話も何らかの戦いを模しているのでは、という推測が成り立ちます。

 おそらく、これじゃないかというのが、蘇我氏と物部氏が争った「崇仏論争」です。


 崇仏派の蘇我馬子と廃仏派の物部守屋の戦いです。

 この戦いは、廃仏派の物部氏が敗れました。戦死したと言われています。

 一方で、勝った蘇我氏側は、仏教を広く取り入れていきました。


 これは、仏教を巡る争いではありますが、実はそれ以上の意味があります。


 仏教が伝来したことで、経典が入ってきます。これは、当然漢字で書かれています。この漢字が入ってきたことで、文字が誕生します。それぞれの地域でおそらく文字があったでしょうが、別の国の文字など他国は読めません。しかし、仏教の経典を学ぶという目的はあれば、漢字をどの地域でも知識人が学びます。その結果、共通の文字が生まれ、共通語もできたでしょう。


 こうした教えを書かれた経典ですが、本を読めばわかるなんて簡単なものではありません。ですから。教えを伝授できる知識人=僧が大事な人になります。


 しかし、考えてもみてください。当時の人々の識字率は当然低い。文字が読めるだけで、高級官僚になれるようなレベルです。そんな中で、教えられる知識階級の僧は、今よりもずっとVIPなわけです。


 そんな人は、中国にも少ない。しかし、日本に教えを広めるためにやってくる。そんな人ですから、大事にしないといけない。ですから、本国から医者や薬師がやってきます。もちろん、日本にない技術や知識を持っています。

 

 寺院も作らないといけません。日本の技術では、たいした建物は作れません。そんながVIPが住まう寺院ですから、本格的な寺院建築の技術をもつ人たちがやってきます。


 こうした人たちから教えを受けた日本人がいます。そうなると、医学や建築などの技術が飛躍的に伸びます。仏教伝来とは、現代風に言えば、技術革新の推進を意味するのです。


 一方の廃仏派は、守旧派と言えます。


 崇仏論争は、いいかえれば、改革派と守旧派の争いになりわけです。


 で、諏訪には、高遠に抜ける途中にひとつの神社があります。この神社は、「守屋神社」と言います。正式名は「物部守屋神社」です。諏訪の神社で、ここだけ御柱がありません。(逆に言えば、諏訪地域の神社の99%に御柱が立っているのです)

 なぜ、御柱がないのか。その由来はわかりかねますが、特別な神社であることはわかると思います。


 ですから、推測の上の推測ですが、敗れてきた物部氏の一族が、諏訪に来たのではないかと思われるんですね。聖徳太子側に敗れた物部氏が、諏訪では強い影響力を持っている。そして、中央からすれば、物部氏が怨霊化しないでほしいので、神話で神としているのではないかな?という推論が成り立つんです。


 ちなみにもう1つ 余談です。

 大化の改新で活躍した天智天皇の懐刀の中臣鎌足。ご存じですよね。

 

 この中臣氏ですが、出自は軍事貴族でして、物部氏の配下の有力貴族だったんです。そして、一時は力を失っていたのですが、大化の改新で勢力を強めて、ついには日本の政治を握る藤原氏になるんですね。


 その藤原氏の影響が強まる700年代に成立してる古事記に書かれている諏訪の神話。


 なんかいろいろな意味があると、思いませんか?



 

次回は、諏訪信仰と武士団との結びつきについてです!

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