諏訪大社の歴史の裏道② ~もののけ姫と諏訪大社~
歴史というよりも、諏訪の伝説が多くなってしまったなと思いますが、それはそれとして面白く感じて頂ければ幸いです。
さて、前回の話で、諏訪大社を武田信玄がどうしても手に入れたかった理由を推測しましたね。
読んだ方はおぼえてますか? まだの方は、諏訪大社の歴史の裏道①を読んでみください。
さて、その諏訪大社って、どういうイメージを抱いていますか?
まあ、多くの方の印象に強いのは、有名な御柱祭になるかと思います。
そうですね。映像などでご存じの方も多いでしょう。角度40度もあるんじゃね?くらいの坂を、長い柱を直滑降で落としていきます。
それだけじゃない。その柱には、何十人もの男が乗って降りて、いや落ちていきます。こっちの方が表現正しいと思うくらい。で、当然途中で振り落とされる男たちも多数います。たまに死傷者も出ます。
この御柱は、諏訪大社4社(諏訪大社上社前宮 諏訪大社上社本宮、諏訪大社下社春宮、諏訪大社下社秋宮)の4社拝殿に、それぞれ四方に建てられます。
この祭りのイメージが強いと思います。この祭りについては、別途取り上げますね。何せ、この祭りのことだけで、本が書けるくらいの話題がありますんで。
で、この諏訪大社ですが、御柱祭に並ぶ重要な祭祀があります。それが、御頭祭というお祭りです。
どんな祭りなのかというと、諏訪大社の上社の重要な祭祀です。
五穀豊穣と、諏訪の地の豊かな実りを諏訪の神に祈る行事です。
で、その内容ですが、諏訪大社上社前宮の十間廊という建物に供物を捧げるんですが、その内容が、鹿の頭75頭分とその他の獲物を捧げるというものです。
ええ、現代でも当然捧げますよ、鹿の頭75頭を。昔と変わったところは、これを剥製で代行してるところですね。そうです、そうです。もし、本当に狩猟したものなんか使った日には、動物愛護団体なんかが来て大変なことが起こりますから。
なぜ、こんな祭りがあるか。それは、諏訪大社の神が狩猟の神としての顔も持っているからです。
諏訪大社には「鹿食免」という護符があります。
その内容は、「<業盡有情>
<雖放不生>
<故宿人身>
<同證佛果>」
というものです。
訳すと「前世での因縁もあって、獣となった者は、狩猟で傷を得て、放しても長くは生きられない。だから、食べて、成仏させてやろう」という内容です。
大陸から仏教が伝来して以来、殺生は禁忌になりました。しかし、諏訪は山国。動物性たんぱく質を摂るためには、獣肉は必要です。ですから、仏教伝来以降でも、諏訪では獣肉を食べる文化が継続されました。
その精神的な抵抗をなくしたのが、鹿食免です。諏訪の神が許すから、人々は、獣肉を食べても大丈夫だという安心を得ました。この鹿食免は、1500年代には流通していたようです。
当然、この鹿食免は、各国の諏訪神社を通じて、戦国大名に頒布されます。これも、諏訪家の、ひいては、諏訪を傘下に入れた武田家の重要な収入源になっていくわけです。
そんなの大した収入にはならないって?
そうですかねえ? 戦国時代は、気候では小氷河期に当たります。今よりも格段に冷涼な気候だったことが推測されます。で、穀物の代表である米は、南方の作物です。ですから、当然収穫量は少なくなります。
一方で、家臣領民の命をつなぐためには、獣肉色をしてもらわねばならない事態になります。大名の領地の村々や集落ごとに鹿食免を頒布するとしたら、どれだけの寄進をしなければならないか。その量と寄進の額は相当なものになったと思います。
そして、諏訪にはこの獣肉食文化から生まれた巨人伝説があります。
それは、手長・足長という兄弟の妖怪です。
そして、塩尻には、富士山も諏訪湖もきれいに見ることができる高ボッチ高原という場所もあります。
この名前から想起されるのは、ダイダラボッチ伝説です。
この根拠になるのが、日本人の平均身長のデータです。
戦国時代や江戸時代の男性の平均身長は、155センチ程度と言われています。日本人の体格が、大型化していったのは、明治時代以降です。それは、牛肉や豚肉など、獣肉を含む動物性たんぱく質を取るようになったことが要因です。
で、諏訪では他の地に以上に、獣肉食文化。現代風で言えば、ジビエ文化が根付いていたことが想像されます。ということは、諏訪の人々の身長は、高い人が多かったと考えられます。
他国から諏訪に来た人は、「背が高い人が多いな」と感じます。その印象を、自国に帰って話します。
また、戦で諏訪軍と戦った将兵は、諏訪軍に背の高い兵士が多いことに気付きます。現代風で言えば、攻めかかっていった先に、大谷翔平選手や八村塁選手などがいるようなもんです。槍や刀を持って、殺る気満々でこちらにかかってきながら……。
私だったら、逃げますね。
その諏訪の強兵を傘下に組み入れた武田軍は、強くなっていきます。
鹿の国であり、ダイダラボッチの国でもある諏訪。
その伝説を、上手に取り込んで物語したのが、スタジオジブリの名作「もののけ姫」です。
物語の中で、イノシシのボス「乙事主の名前の由来になった乙事という地名が、諏訪郡富士見町にあります。そして、帝の命でシシ神様の首を狙う「ジコ坊」ですが、じこぼうというキノコが長野ではよく取れます。
そして、極めつけは、シシ神様です。ししというと、イノシシを連想しますが、昔はシシは鹿も含まれました。日本庭園などで、竹の筒を使った鹿威しというのが、その名残ですね。
シシ神様の姿は、鹿ですよね。そして、首を落とされたら、ダイダラボッチとなるところなど、正しく諏訪の信仰を物語に入れているのが理解できます。
宮崎駿監督の作品は、民話や神話をベースにした物語が多いですが、もののけ姫は特に諏訪信仰を入れ込んでいます。
そういった視点で見ていくと、面白いですよ。
けれど、なぜそこまで鹿に拘り、鹿を目の敵にするんだ諏訪の神は?、と私は不思議に思ったことがあります。これ以降は、推測なんですが、近代になるまで、木が燃料であり、建材であったわけです。今以上に、木は重要ですし、山には今よりも木が少なかったはずです。
ですから、御柱の元になる木を確保するのは、今以上に至難の業だったはずです。
その貴重な木を木の幹を齧るなどして痛めて、枯らしてしまう鹿は、なんと罪な存在なのか!
じゃあ。狩ろう! 狩って、食おう! となったと思うんです。
諏訪の歴史や文化を大きく変える御柱への情熱 恐るべし!
次回は、諏訪大社誕生に絡む神話と、聖徳太子の関係を推測していきます!




