再び王都へ
争いが始まり、やがて食料が不足していくことになった。食料は隣国からの輸入が大半を占めていた。
マリーの農場には頻繁に大勢の軍人がやってきて、畑の作物をもっていくようになった。
まだ成熟していない野菜も、育ちきってない家畜も、マリーたち農民が食べる分の食料まで持っていく。農民の大人の男も、まだ成人になっていない年長者の子供たちも徴兵に取られてしまった。
そんな中、元大聖女のエマが亡くなり、農場の責任者はマリーになった。
マリーはエマの分まで朝から晩まで歌を歌うことになった。
聖女の力は曖昧だと言われているが、確かに歌を歌うと通常の成長よりも早く植物は実をつける。
声は枯れ、喉から血が出てもマリーは歌い続けた。夜は水で濡らした布で喉を冷やした。
マリーの喉は潰れ、か細い高音の歌声はしゃがれたかすれ声になり、低音のガラガラ声になった。
王宮では若い王は苛立っていた。戦がうまくいかない。
英雄王、若獅子王、美丈夫王。今の若き王は表向きにはそう呼ばれているが、裏では愚王、厄災王、癇癪王などと国民に言わている。
先王の一人息子だった彼は、我儘で、自信家で、意地悪な王になっていた。
苦言を言う者や気に入らない者は王都から追放し、自分に甘く、自分に従う者を近くに置いた。
長年友好関係だった隣国と些細なことで争いになり、威勢がよかったのは最初だけ。今では劣勢になっている。
物資や食料の流通が滞ることもあり、国民の生活は苦しくなっていた。
とはいえ、王宮では豪華な食事が出されているし、夜会などが開かれていて、国民からは不満が溢れ、貴族達からも不満がでるようになり、王は苛立っていた。
食料不足の中、定期的に食料を調達できている農場があり、そこに過去に追放した聖女がいることを思い出した。大聖女は亡くなったらしいが、もう一人音痴な聖女がいる。それを今度王宮に呼び出して皆の前で歌わせてみよう。きっと面白い余興になるだろう。王はすぐに聖女を呼び寄せることにした。
マリーは農場の代表として王宮に呼ばれた。表向きには農場経営を表彰するということだった。
マリーは農場の護衛の騎士と、従者として農民の子供を数人連れて王都へやってきた。
王宮では追放されたあの日のように、大勢の貴族達に囲まれ、王が王座から意地悪くマリーを見下げていた。
食料提供への薄っぺらな感謝の言葉を早々に終えた王は、マリーに歌えと命じた。
マリーはいつも農場で歌っている聖歌を歌った。
そのしゃがれた老婆のような声に王は声を上げて笑った。
「なんだ!その声は!なんて下手な歌だ!よくそれで聖女だと名乗れるな!」
玉座で身をよじって笑い、他の貴族にも笑えと命じる。
命じられた貴族たちも声を出して笑った。
笑われながらもマリーは歌い続けた。
お腹の前で組んでいる両手に力がこもる。
じんわりと涙が滲む。
その時、農場から着いてきた子供が1人、マリーの歌に合いの手をいれた。
「よっこらしょ」
それは小さな声だったが、マリーにはしっかり聞こえた。それをきっかけに、他の子らも合いの手を入れる。
「はいはい~」
「よっこらしょ~どっこいしょ~」
いつも黙っている護衛の騎士も子供と一緒に合いの手をいれて共に歌った。
マリーの胸に温かいものが溢れてくる。
体から力が抜け、俯いていた顔を上げ、周りの目が気にならなくなった。
思い出すのはいつもの農場の風景。土の匂い、頬を撫でる風。皆の気さくな優しい笑顔。
マリーの歌は地を這うような低音の声で音程も外れていたが、それは迫力があり、どこか温かみがあった。笑っていた貴族たちは次第に無言になり、マリーの歌に聞き入った。
王はマリーを馬鹿にして楽しもうとしていたのに思い通りにならず、不機嫌になった。
歌い終わり、マリーはもう用済みと解放され、その場を去る。
「ふん、つまらない奴ばかりだ」
王は不機嫌に王座に持たれるが、しばらくして外が騒がしいことに気がついた。
何事かと、宮殿の外向かうと、そこには季節はずれの薔薇の花が庭で一斉に咲いていた。王も貴族達も、驚きでしばらく無言だった。
「これが神の奇跡か、なかなか面白い」
王は知らなかった。神の奇跡はそれだけではなかった。マリーの歌を聞いた貴族の中の数人に、体の奥底から説明できない思いが込み上げてきて、結局、国の中で内戦が起こり、王は断罪され、隣国とな争いは終わりを告げた。
マリーの歌は神の奇跡の一つとして記録されることになった。
それからマリーは農場へ戻り、いつものように歌を歌い、いつまでも幸せに暮らした。
「おらのーはたけにーーめぐみの雨がーふって」
「はいはい」
「芽がでてー実がなるさー実をとるかわりにーまた種まくどー」
「は~ぁ、どっこいしょどっこいしょ」
おしまい
聖歌はいつの間にか民謡のようになって、先祖代々引き継がれていきました。




