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水(みずかがみ)鏡 ―未来を映す湖が、恐怖を呼ぶ―  作者: 葉月美緒


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第2話 手紙の文字

 焚き火の炎が小さくはぜる音だけが、時折静けさを破る。


 そんな中、美沙は膝の上に手を置き、視線を一度湖に流した。

 そして、意を決したようにみんなを見渡し、ゆっくり口を開く。


「……ごめん。実は、このキャンプを提案したのって――」

 

 言葉を切り、湖に視線を落とす。

 炎の赤がその横顔をかすかに染めていた。


 美沙はバッグから、先輩から貰った手紙をみんなに見せる。


 漣は静かに手紙を手に取ると、その短い文を読み終えて顔を上げた。


「なに?……これ」


 手紙は順番に、みんなの目に触れる。


「……実はね、みんなに頼みたいことがあるの」


 美沙は両手に力を込めて、ふぅと一息つくが、中々次の言葉が出てこない。


「この先輩を探しに来たんだよ。この水鏡湖に」


 見かねた遥が、なるべく明るい声で助け舟を出す。


「ん? どういう事?」


 首をかしげながら、亮は美沙と遥を交互に見る。

 そんな状況に、ようやく美沙が話し出す。


「先輩が行方不明になってて……この水鏡湖に来たのは間違いないと思うんだ。だから先輩を一緒に探してほしくて……」


 申し訳なさそうに美沙は、顔を下に向ける。


 亮が目を丸くし、「それで、俺たちを誘ったってわけ?」と口を挟む。

 美沙はこくりとうなずいた。


「も、もちろん、キャンプも楽しみにしてたし、みんなで来られたのは嬉しいし」


 パチパチと炭火の音が耳をくすぐる。

 静寂の中、みんなが一瞬口を閉ざす。


「ごめん! 俺がちゃんと説明してみんなを誘えばよかったんだ」


 そう言うと、悠真は椅子から立ち上がり頭を下げた。それに続くように、遥と美沙も同じように頭を下げる。


「悠真は知ってたのか」


 正面の悠真を見ながら、表情を変えることなく漣が声を上げる。


「ほんとごめん。でも……」


 悠真が言いかけたとき、亮が首をかしげる。

 

「え……? 行方不明って、いつから?」


「……二週間くらい前」


 美沙が申し訳なさそうに小さく答える。


 漣も眉をひそめ、少し考え込む。

 

「え? そんなに経ってるの?」


「ちょっと待てよ、二週間前って……そんなの素人が探せる範囲じゃないだろ」


 亮が現実的にツッコミを入れる。


 漣も慎重にゆっくりと続ける。

 

「確かに。何日か前ならまだしも、何かあったかもしれないのに軽々しく動くのは危ない」

 

「でも、美沙ちゃんの気持ちは分かる。確かめたいっていうのも、無理はないと思う」


 悠真は目線を炭火に落とし、手元でそっと指を動かす。

 火の光が揺れ、彼の迷いを映すようだった。

 

「安全は考えつつ、できる範囲で手伝えないか?」


 少し間を置き、顔を上げてみんなに向き直す。

 

 バシッバシッ!


「……いいじゃん!」


 洸希が明るく笑って、漣の肩を叩く。

 

「まあ、オレらでできる範囲で探すくらいなら問題ないっしょ。それにキャンプも楽しめるし!」


 亮はため息をつきつつも笑顔を作る。

 

「……でもまあ、できることは限られてるし、キャンプついでにってくらいならいいか」


 漣も少し考えた後、肩の力を抜くが、表情は硬いまま。

 

「なんか納得いかないけど、みんなそう言うなら」


「ありがとう……みんな」


 美沙はこくりとうなずき、安心したように笑顔を見せた。


 その時――

 

「きゃっ!」


 遥が突然短い悲鳴を上げる。


「どうした?」


 心配そうに悠真が、遥の顔を覗き込む。


「こ、これ」


 言いながら持っていた手紙を悠真に差し出す。

 紙の中央がじわりと湿り、文字が微かに滲み始めた。

 誰も触っていないのに、手紙だけが水面のように濡れていく――。


 そして、そこに一文字ずつ、ゆっくりと浮かび上がる言葉……

 

 ――あ・り・が・と・う――

 

 湖畔の静けさに、炭火のパチパチという音と虫の声だけが響いていた。

 手紙の中央がじわりと濡れ、文字が浮かび上がった言葉を前に、誰もその場に動けずに固まっていた。


 「……これは……」


 悠真が手紙をそっと握りしめ、顔を上げる。美沙はその横で、声には出さずに息を飲んだ。視線は手紙に釘付けだ。胸の奥ではドキドキが走る。先輩からの言葉――何を伝えたかったのか。オカルト好きとしての興味と、先輩への思いが入り混じり、手がわずかに震えた。


 美沙は小さく息を吐き、そっと手紙に指を置く。言葉の意味を確かめるように、じっと文字を追った。


 美沙は手紙に指を置いたまま、息を整えた。

 

「……悠真くん、これ……どう思う?」


 声は落ち着いているが、瞳は真剣そのものだ。手紙の湿り気、浮かび上がる文字――すべてが不思議で、そして心を揺さぶる。


 悠真は少し戸惑いながらも、手紙を手に取る。

 

「……意味があるんだろうな、これ……」


 美沙はうなずきながらも、目線は手紙から離せない。心の奥では、先輩からの言葉の意図と、この奇妙な現象の仕組みがごちゃ混ぜになっていた。

 

 オカルト好きとしての好奇心が、恐怖心よりも前に出る。だが、先輩への想いがあるから、ただの興味だけでは終わらない。


 「……触っても大丈夫かな……」

 

 小さな声でつぶやくと、美沙はそっと手紙を指でなぞった。紙の感触は冷たく、しかし何かを訴えているかのように重みがあった。


 仲間たちは静かに見守る。

 美沙の落ち着いた動作に引かれるように、恐怖で固まっていた空気が少し和らいだ。

 しかし、湖畔の影は、まだ何かを潜ませている――そのことを、誰もが無意識に感じていた。


「なんなの?これ……」


 遥の声が湖畔に響く。手が震え、視線は手紙から離れない。


 漣は前かがみになり、手紙をじっと見つめる。

 

「落ち着いて。まず状況を整理しよう……悠真、なにかしたか?」


 悠真は首を横に振る。手紙は静かに彼の手の中で揺れるだけだ。


 亮は眉をひそめ、半信半疑で腕を組む。

 

「冗談だろ……手紙が勝手に濡れるなんて、ありえない」


 洸希は少し笑いながらも、声がわずかに震えている。

 

「でも……ちょっと怖いな、これ」


 美沙は浮き出た言葉を見つめ、胸が締めつけられる思いでうなずく。

 

「これって先輩の……言葉?」


 手紙の文字はまだ微かに滲み、湖の光に反射して揺れている。

 その光景を前に、みんなの胸には、言葉にできない不安と期待が同時に押し寄せた。


 ふと、手紙の文字がじわりと水分に溶けるように、一文字ずつゆっくりと消えていく。


 「……え?」


 遥が小さく声を漏らし、悠真は手紙をそっと握りしめ、火の光に照らしてゆっくり見つめる。

 そんな中、文字は跡形もなく消えた。


「これってさ……」


 洸希がにやりと笑った。

 

「理科の実験とかでやったやつじゃん! レモン汁で書いたら文字出てきて、最後に消えちゃうやつ」


 漣が眉をひそめ、慎重に手を伸ばして手紙を覗き込み、 眼鏡の押し上げながら、ボソリとつぶやく。

 

「なるほど、あぶり出しか」


 亮も半信半疑で首を傾げる。

 

「……ま、そういうことか。びっくりしたけど、仕組みは納得だな」


 美沙は手紙をそっと見つめ、ホッと息をつく。

 胸のざわめきはまだ残っているけれど、先輩からの言葉だと信じたい気持ちと、オカルト現象っぽい演出に一瞬だけ翻弄された気持ちが混ざり合っていた。


 仲間たちは文字が消えた手紙を前に、しばし沈黙した。

 徐々に緊張の糸が緩み、湖畔に静かだった夜の空気が少し柔らいだ。

 

 亮が腕を組みながら笑う。

 

「ちょっと怖かったなぁ~。オレ、もう心臓止まるかと思った」


 洸希も肩をすくめてにやりとする。

 

 「ほんと……びっくりした……」

 

 遥は手を胸にあて、まだ少し震えているが、少し安心した表情を見せる。


 美沙は手紙をそっと受け取り、少し安心したようにうなずく。

 

「先輩の……いたずら、なのかな……?」

 

 胸のざわめきはまだ残るが、危険ではないとわかり、火の光に照らされた湖面を見つめる。

 先輩……わざわざこんな仕掛けを……?

 オカルト的な不思議さへの好奇心と、先輩への想いが混ざり合った感覚だった。


 漣は眉をひそめ、湖面に目をやる。

 

「……でも、あの文字、どうして消えたのか。水分の加減だけじゃなさそうだな」


 美沙も視線を追う。

 ただのあぶり出し……でも、あの湖……不思議な力が働いている気がする……


 みんなは小さく息を吐き、湖畔の静寂を感じる。

 しかし、心の奥ではまだ何かが潜んでいる――その気配を、誰もが無意識に感じていた。


 湖面は静かに揺れ、夜の風が水面をさらう。

 心の奥でわずかにざわめきは残るが、手紙の文字はもう消え、湖は普段通りの静けさを取り戻していた。


 * * *


 夜の湖面は、昼間の眩しさとは違って、墨を流したように深く静かだった。

 虫の声と、遠くでみんなの笑い声が微かに混じる。


 悠真は、なんとなく胸のざわつきを落ち着けたくて、テントを抜け出し湖のほとりまで歩いてきた。

 

(……バカみたいだ。キャンプに来てまで落ち着かないなんて。……遥の顔を見たから?いや、それだけじゃない。胸の奥で、何かがざわついてる――)


 足元の草や湿った土を踏む音が、夜の静けさにかすかに響く。

 湖の水面に反射する月の光が、どこか不自然に揺らいで見えた。

 まるで、水そのものが呼吸しているみたいに……


 一歩、また一歩と近づくたび、空気が重くなっていく気がした。


『ウゥ……ウゥ……』

 

 ふいに、耳鳴りのような低い音が、湖の奥から湧き出るように聞こえた。

 風のせいじゃない。……誰かの声、みたいに。


「え? なにいま。なんか聞こえたような……」


(なんか……この湖、ちょっとおかしくないか?)

 

 光の揺れとともに胸のざわつきが増す。まるで、湖自体が自分を見ているような……


「こわっ! テントに戻ろう」


 そう思い、足先をテントに向けかけた――そのとき。


 ふと、視線を感じて顔を上げる。

 遠くの湖畔に、黒い影が立っていた。


 月明かりを背に、動かない。風もないのに、服の輪郭がわずかに揺れているように見える。


 ——誰か……いる?


 喉が音を立てる。足が、地面に縫いつけられたみたいに動かない。

 その影が、ゆっくりとこちらに振り返った。

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― 新着の感想 ―
ホラー小説、実は初めて読んだのですが、面白いですね! 水鏡湖にまつわる恨みや怪奇現象、興味深いです。 不吉な現象に思わず、ぞわっとしました。 今後どんな展開になっていくのか気になります! 続きが気にな…
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