エピローグ ずっとあなたを想ってた
このエピローグでは、水鏡湖の出来事を乗り越えた悠真と遥にスポットを当て、二人の淡くて切ない恋心を描きました
幼馴染として過ごした日々の記憶、離れていた時間のもどかしさ、そして再会の瞬間――
それぞれの想いが交差する中で、二人が互いを特別に思う気持ちが静かに芽生えていく様子をお楽しみください
湖の静けさとともに、少しだけ心が温まるひとときを感じてもらえれば幸いです
「遥~、帰ろう」
「うん、いまいく!」
悠真と遥は、学校の門を並んで出た。
もうすぐ中学も卒業で、こうして一緒に帰るのも今日が最後かもしれない。
幼いころから、毎日のように一緒に遊んでいた二人にとって、隣にいる時間は当たり前のようで、けれど少しずつ特別になっていた。
悠真は、隣にいる遥の笑顔をふと見つめた。
無邪気に笑うその顔は、どこか幼さを残しながらも、少しずつ大人びてきている。
胸がちくりと痛む。
言葉にできない気持ちが、胸の奥で静かに膨らむのを感じた。
「高校、違うとさ……もう、こうやって毎日一緒に帰れないんだね」
遥の声は少し寂しげだった。悠真は答えに迷う。
「……ああ、そうだな」
言葉は短くても、二人の間に流れる空気は、無言の重みで満たされていた。
小さな公園を抜け、通学路の坂を下ると、二人の影が夕日に長く伸びる。
悠真は、ずっと一緒に過ごしてきた日々を思い返していた。夏休みの海辺、冬の雪遊び、二人で秘密基地を作ったこともあった。
笑い転げた日々の記憶が、胸の奥で柔らかく光る。
「ねぇ、覚えてる? あの秘密基地」
「うん、あの木の下のやつだろ。夏休みにずっと遊んだな」
「そうそう、遅くまで遊んでてお母さんに怒られたりして」
二人は小さく笑い合う。
その笑顔の向こう側に、淡い切なさが忍び寄る。
互いをただの幼馴染としてしか見てこなかった。でも、心の奥ではお互いを特別に思っていたことに気づく――気づかぬふりをしていたけれど。
「ねぇ、悠真……高校、どんな人たちと仲良くなるのかな」
「どうだろう。でも、俺は……遥と離れたくないって思ってるけど」
「……うん、私も」
言葉は少ないけれど、胸の奥で二人の思いは重なっていた。しかし、これ以上踏み込むことは怖かった。壊したくない、この関係を。
「……また明日ね」
そう言って手を振る遥。悠真は小さく頷いた。
「好きだ」の一言が言えない。
でも心の中では――ずっと思ってた。
その想いは、夕暮れの風に溶けて、どこか遠くへ流れていく。
ずっと思ってたけど、伝えられない気持ち。
隣にいる時間は、あとどれくらい残っているのだろう。
夕焼けが空を赤く染める中、ふたりは静かに家路を急いだ。
言葉にできない想いを抱えながら、それでも、心は寄り添っていた。
――高校に進学すると、ふたりはほとんど会えなくなった。
家路に向かう途中、悠真は何度も遥の家の前を通った。
声をかけようか、呼び止めようか。
でもいつも言葉は出ない。
何かを壊してしまいそうで、怖くて、ただ通り過ぎるだけだった。
それでも、悠真はずっと思っていた。
遥のことを――離れても、変わらず、ずっと好きでいる自分を。
――遥は友達と部活帰りに通りかかった駅前のファミレスの店内に、悠真の姿を見つけた。
ドクン!
鼓動が一つ、大きな波を打つ。
久しぶりに見る悠真は、大人びて、そして少し遠い存在に見えた。
その周りには、遥の知らない女子生徒や男子生徒が数人。
楽しそうに笑い合う声が、窓越しに響く。
悠真が女子生徒に向ける笑顔を見て、胸の奥がチクリと痛む。
「……悠真、その笑顔わたしにも向けてよ」
んな風に思いながら、遥は切ない気持ちを抱え、ファミレスを通り過ぎる。
幼馴染としての距離と、心の距離の両方に悩む毎日。そして改めて気づいた。悠真への気持ち……
――やがて、季節は巡り、春。
大学のキャンパスの門をくぐったとき、悠真の視線が止まった。
(……遥?)
桜の花びらが舞う中、少し風に髪を揺らしながら、笑っている姿。
胸の奥が熱くなった。
もう、迷うのはやめよう。ここで声をかけなければ、きっとこのまま終わってしまう。
「遥!」
思わず駆け出していた。
驚いたように振り向いた遥が、悠真を見て目を見開く。
「悠真……? え? なに同じ大学だったんだ」
わずかに笑みを浮かべる遥に、悠真も頷く。
「うん、そうみたい。なんか……運命みたいだな」
少し照れくさそうに笑う悠真。
「久しぶり……だね」
「だな」
ぎこちないながらも、会えなかった時間の壁が、少しずつ溶けていく。
一瞬の沈黙のあと、遥の口元に笑みがこぼれた。
「また……一緒にいられるね」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。忘れられなかった想いが、いま静かに動き出した。
互いに照れくさそうに笑いあう。
桜の花びらが二人の間を舞い、ふわりと肩に落ちた。
「……今度、ゆっくり話そう。ちゃんと、話したいことがある」
遥がうなずく。その笑顔が春の光に透けるように見えた。
それからの数日、悠真はまるで夢の中を歩いているようだった。
講義で見かける遥の後ろ姿、昼休みに中庭で風に髪をなびかせる横顔――
ほんの小さな仕草ひとつに、胸がざわめいた。
思えば、何度も遥の家の前を通っては、声をかけられずに引き返していた。
たった一言、「久しぶり」と言えなかったあの時間が、急に遠くに感じる。
今度こそ、伝えよう。
もうあの頃みたいに、ためらっているだけの自分ではいたくない。
キャンパスの空を見上げると、桜の花びらが風に舞い上がっていく。
遥の笑顔が、その花びらと重なった。
悠真の胸には、春の光のような想いが満ちていた。
あの笑顔が、いつまでも続くと信じて――
――あの夏、二人が水鏡湖へ向かう日は、まだ少し先のこと。
最後まで「水鏡」を読んでくださり、ありがとうございます
悠真と遥という幼馴染の二人が、それぞれずっと抱えてきた想いに気づき、再会の中で心を通わせる様子を描きました
恐怖や悲しみの余韻の中でも、二人の淡い恋心がそっと芽生え、読者の皆さまに少しでも温かい気持ちや切なさを届けられたら嬉しいです
水鏡湖は今も変わらず静かに輝いています
そこに映るのは、忘れられない人や大切な想い――二人の物語も、静かにその湖に刻まれているのかもしれません




