第四話 道具
18時ちょうどに待ち合わせ場所でぼんやり立っていた。春なのに風が冷たくて、ジャケットの襟を立てる。
でも――来ない。時間はもう18時10分を回っていた。
「遅いなっ」
ポケットからスマホを取り出して、LINEを開こうとしたそのとき。
遠くの角を曲がって、ヘッドライトの光がじわじわとこちらに向かってくるのが見えた。
目の前に止まったのは、マツダのロードスターだった。
紺色のボディが街灯の下で鈍く光っていて、どこか小洒落てるくせに、妙に場違い感がある。
軽く唸るようなエンジン音。
助手席の窓がスッと下がって、運転席から二俣が顔を出した。
「おまたせ。悪い、ちょっと遅れた
まぁ乗って」
ドアを開け、車内に身を投じた。
革のシートに触れた瞬間、暖かくしっとりとした感触が広がる。二俣の表情は、いつも通り無造作でありながらも、どこか物騒な雰囲気を漂わせていた。
シートベルトを締めながら
「…どこ行くの?」と尋ねると、二俣は軽く肩をすくめながら、ふと遠くを見るような目をした。
二俣はハンドルに手を添えたまま、
ちらりとこちらを見て——
「まぁ、行けばわかるさ⭐︎」
そう言って、ニコッと笑った。
ミラー越しに後部座席が見える
車内の後ろには、いくつかの撮影道具が積まれていた。
箱の中にはGoPro、カメラ、三脚やライト、予備のバッテリーまで揃っているのが見える。
二俣のYouTubeチャンネルは、最近かなりの人気を集めていて、モトブロガーとしても知られていた。彼はよくバイクで地方を訪れては、キャンプをしながらその様子を撮影してアップしている。その映像は、視聴者にリアルで面白い内容として受けていて、彼のチャンネルは順調に成長している。
「最近、かなり視聴者増えた?」と、思わず口に出してしまった。
「おう、ありがたいことに。」と二俣は軽く笑いながら答えた。
「今回ももっと視聴者数増やそうと思ってそれが狙いだ。面白いネタを見つけたんだ」と二俣は興奮気味に言った。
運転席から伝わるその熱気に、思わず私は少し身を乗り出してしまった。
「どんなネタ?」と興味津々で聞くと、二俣はニヤリと笑って答えた。
「まぁ、これから近づいたら詳しく教えるから。」二俣は手を軽く振りながら言った。その言い回しに少しどこか警戒心も芽生えた。
車の中での会話はそこで一段落し、あとはしばらく黙々と走行を続けた。
会社も倒産し、この先どう生きようか――
そんなことをぼんやり考えながら、私は助手席の窓の外に広がる景色を眺めていた。
夜の景色が車の窓越しに流れ、道の先に見える霧が一層不気味に感じられた。
山道を進むにつれて、周囲の景色はだんだんと荒涼としてきた。街の明かりは次第に遠ざかり、車のヘッドライトが照らすのは細い道と、どこか不気味な静けさだけだった。
「どこ行くんだろう、こんな山の中だと、普通はキャンプかなと思うんだけど……」私は、車の窓を少し開けて、外の空気を吸いながら考えた
ふと後部座席をみる
キャンプ道具もないし、さっき買ったコンビニのおにぎりとパンしかない。
キャンプする服装でもないし
手ぶらで来る場所って、どんな場所なんだ?
二俣は運転席で静かに笑っていた。彼の表情からは、何かを隠しているような、あるいはそれを楽しんでいるような感じが伝わってくる。
「道具これしかないけど、キャンプ?」
「まぁ、そうだな。キャンプ場じゃないのは確かだな。」彼は軽く答えた。
「でも、陽子の予想は少し外れるかもしれないぞ。」
私はその言葉に興味を持ち、さらに車の中の空気が一層重くなったように感じた。「はぁ……?」
「お前が考えてるような、ただのキャンプじゃないんだ。」二俣は、ゆっくりと答えた。
「まぁ、場所がわかれば、納得すると思う⭐︎」